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2007年12月 アーカイブ

2007年12月 1日

しつこいしつこい

あまりにひどい咳に何度も睡眠を妨げられ寝不足。しんどいので、嫁に乗せてもらって病院へ。これまでの薬に加え、咳止めを2種類もらった。インフルエンザの検査もしてもらったけど、これは陰性。やっぱり風邪らしい。明日いちにちでどこまで恢復してくれることやら。

こんなにしつこい風邪は初めてじゃなかろうか。まあ、症状を考えても複数の風邪にやられてるような気がするけど。普段から外を出歩くほうじゃないから、初回に病院へ行ったとき別の風邪でももろてしもたんかねえ。

先週、懐かしマーケットのあと美観地区をうろついて見つけた雑貨店。この日はたまたま閉まってて入れず。ブルーグレーって、いい色やな。
雑貨屋
Nikon EM + SERIES E 50mm F1.8 + Venus 800

お国言葉

本や雑誌を滅多に買わん嫁が珍しく購入した「片づけられない女のための こんどこそ! 片づける技術(Amazon楽天ブックス)」というエッセイ漫画を読んでると、四国から作者宅へ上京してきた母の台詞が、とても高知あるいは愛媛っぽかった。詳しく言えば、幡多地方あるいは南予っぽかった。

さっそく作者サイトを訪ねたら……ちょっと外れた。あらまあ松山か、しかも松山東。賢いとこやん。さらに神戸大学教育学部。経歴を見るに、それほど離れた年齢でもない様子。身近な人間で、松山東といえば藤本、神戸大といえば中川さん夫妻やな。どっちかが知り合いやったりして。

2007年12月 2日

人生の

最期を、波のてっぺんで迎えるか、底で迎えるか、それだけの違いなんやろなあ。
それだけのことなんやろう。

ながい

うんざりするほど治らん。
そういや、K100D もまだ戻って来んなあ。

2007年12月 3日

弓之町公園

先週の月曜は平気で表町へ行けてたのに。その翌日からしんどくなったんやったっけ。街で風邪を拾ってきてしもたんか。
先週月曜日、弓之町公園で
終日臥せってるせいで、立つとふらふらする。本当に鬱陶しい。早くすたすた歩き回りたいもんやが。まだ湿った咳だけ残る。頭痛は寝過ぎのせいって気がするな。

セキナリンという薬は合わんみたい。これを飲んでしばらくすると、立ちくらみで聞こえんなった耳に聴力が戻ってくるときみたいな、血流が過激になったような、ワーという耳鳴りのような、なんとも表現しがたいイヤな音が聞こえてくる。音というより、圧迫感かな。

北海道の道

吉村昭の「赤い人(Amazon)」読了。

極寒の地で、足袋すら履くことを許されん強制労働。風邪ひいてしんどいなんていうレベルじゃないんよなあ、とは思うものの、やっぱり健康なときに読んだ方がよかった。しんどさ倍増。

2007年12月 4日

ようやく、か

食事をしても疲れるのは、体力落ちてる証拠なんやろなあ。
咳がほんの少し、頭痛が少し残るけど、ほぼ復調した、と思う。思いたい。

2007年12月 5日

頭に来る

スペアキーを受け取りに、ルノー岡山へ。タイヤの空気圧もついでにチェックしてもらった。家の中では平気なつもりやったけど、外出するとふらふら。動くと咳は出るし息苦しいし目はしょぼしょぼで開けとくのが精一杯やし、人と会話するとき頭ぜんぜん回ってなかったし、本当に鬱陶しい。もうこれが平常の体調と割り切ったほうがええんかね。

ルノーで作業待ちしてるあいだ、久々にタウン情報おかやまを読んでたら、小さいとは言え自転車の特集があった。やっぱり流行してきてるんやのう。そんなつもりはなくとも、おらー流行に乗せられてるわけだ。って結局まだ買えてないけど。

そういやタウン情報おかやまのアス、住所が変わってた。いつの間に。全く知らんかった。すっかり疎くなったなー。

2007年12月 6日

関東大震災

吉村昭の「関東大震災(Amazon楽天ブックス)」読了。

地震で起こる火災の恐ろしいこと。延焼の原因となった大きな原因に、逃げ惑う人々の抱えた大荷物があったというのは知らんかった。本来なら「対岸の火事」なはずが、強風という悪条件も重なり、橋いっぱいに詰まった避難民の荷物を火が伝っていき、火事は河川をこえて広がってしもたらしい。

最後まで描かれず不思議やったのは、皇居の被害。伊豆のあたりやったかで、皇室関係者が何人か亡くなられたという記述はあったけど、皇居については全く。インターネットでざっと検索したけど、詳細は見つけれんかった。

K100D 戻った

昼前、ようやく K100D が戻ってきた。*ist DS2 に比べて愛着心が少ないと感じてたけど、いざ手元に戻ってくると、やっぱり嬉しいもんやな。
パソコンポ
もらってた薬は飲み尽くした。頭痛は消えた。残るは咳だけやけど、これもまあ、なんとか治りそうな気配じゃ。ていうか治れ。治ったら治ったで、高脂血症やら肝臓病やらの疑いアリと言われてるので、もういっぺん血液検査に行かないかんのやが。

なぜか落ち着く

この療養中、吉村昭の本を、まだいろいろ読んでた。「プリズンの満月(Amazon)」と「漂流記の魅力(Amazon)」という2冊。

前者、サンシャイン60という高層ビルの名前は子供の頃から知ってるけど、実物を見たこともなければ、もちろん訪れたこともない。それほど縁のないビルが、あの「巣鴨プリズン」の跡地に建てられたものやったなんて、当然まったく知らんかった。しかし知ると行ってみたくなるな。死ぬるまでには、もう一度ぐらい東京見物してみたいもんじゃ。

後者は、計らずも世界を一周してしまった江戸時代の日本人たちについて。1793年11月27日、仙台藩は石巻の港を江戸に向かって出た舟が嵐にやられて漂流し、5月初旬に漂着したのがアリューシャン列島。いろいろあってモスクワまで連れて行かれ、大西洋と太平洋を渡って長崎へ着いたのは1804年9月6日。距離も時間も、気が遠くなるほど長い……。

そして今また1冊「夜明けの雷鳴—医師 高松凌雲(Amazon)」てのを読み始めてるところ。読書は苦手なはずなんやが、なぜか吉村昭の本は読んでしまう。この人の文の中に居ると落ち着く。文章に無駄がないから、かな。人によっては無機質すぎると感じるかも。

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2007年12月 7日

@164円

灯油が切れたので、ついでにカングーの給油もしてきた。

286.1km / 32.8L = 8.72km/L

ま、まあ、まあまあか。近所うろうろしてるだけやし。

続・三丁目の夕日

映画館で映画を見るぐらいはなんとか。静かにしてれば咳は出ず。

六ちゃん、やっぱ田舎くさい格好が可愛いわ〜。本当に愛らしい。
武雄の田舎くささは、六ちゃんに負けず劣らずハマッてた。
鈴木オート、相変わらず男気があって惚れ惚れするわ。
薬師丸ひろ子が美しくて可愛くてスタイルいまいちで、ばっちり。
情けなくて直球しか投げれん茶川は、他人を見てる気がせん。
しかし小雪みたいな嫁がおったら落ち着かんかもなあ。
温水といい、もたいまさこといい、怖いぐらいに素な感じ。
ぎらぎら鋭かった手塚理美。

美加ちゃん愛くるしい。鈴木家や学校に馴染む様子を詳しく見たかった。
一平もこのまま愛くるしさを……保てんわなあ。無理やわなあ。
前回と比べると、淳之介もすっかり手足が伸びて成長してた。
一平とつるんでた1人は気の毒なぐらい育ってしもてるし。
ヒヨコじゃなくて、明らかにニワトリやった。
子役を使った連作は、本当に難しいのねえ。

前回はぼろぼろ泣きまくってたけど、今回は数回やったな。
なんでやろ。心が荒んだか。


以上、ハピータウン岡南から帰宅直後、ゲホゲホ咳が出まくる状況下、一気に。
動いたりするとやっぱり咳出るなあ。

2007年12月 8日

大東亜の、戦争の

昭和16年の今日、
日本時間で真夜中の午前1時半、
マレー半島のコタバルへ上陸開始。
その約1時間後、ハワイの真珠湾へ攻撃開始。

歴史が断続的でないことを、中学生や高校生の時分には全く理解できてなかった。なにか大事があるたびに、奇麗さっぱりリセットされてる気がしてた。

こんなおっさんになって今さらやが、吉村昭の本という助けも借り、たとえばペリーが来て幕末を迎え明治になって富国強兵していくうちに……などという繋がりを、ようやく少し意識することができるようになった。

富やエネルギーを求めて、戦争は絶えることがないんかねえ。

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37

吉村昭「夜明けの雷鳴—医師 高松凌雲」読了。

幕府から送り出されたパリ滞在中に大政奉還、その幕府が消滅とは凄まじい。フランスで見た貧富関係ない医療体制が、主人公の運命を大きく左右することに。箱館の戦やら、その他維新後の動乱をあれやこれや経て、いろいろなことを成した凌雲、37歳。

なーんにも成してない俺、ぼんやりしたまま今月末で37になるよ……。
ため息をつくと咳が追ってくる。畜生め。

未来だけ向いて行かな

ええかげん運動不足なので、少し歩いた。規則正しい動きをしてる間は咳も出んみたい。何年ぶりかで、そして今度はきっと永続的に糖分脂肪分カットを心がける生活になるんやろなあ。まあ、しゃあないか。
OHK の方向
CCD の傾き、やっぱりまだあるような気がする。これもまあ、しゃあないか……。

2007年12月 9日

今日の旭川の夕方の堤防の樹木

旭川の夕方の堤防の樹木
たぶんこのへん

野蛮て

吉村昭の「敵討(Amazon)」読了。短編2つのうち1つは「最後の仇討ち」で検索するといろいろヒットする。ゆかりの地、秋月ってとこは、このへんらしい。
敵討
明治になり、なにもかも西洋風にせな野蛮と思われるよって、敵討ち・仇討ちは違法行為にされてしまったらしい。アメリカ・アフリカ・アジア、どの大陸も好き放題に荒らしまくってる西洋の白人たちこそ、ええかげん野蛮やったろうに。

いや、過去形じゃないよにゃあ……。

2007年12月10日

ほたえな、と

坂本龍馬の誕生日と命日が奇しくも同じ11月15日である、というのは熱狂的ファンじゃない俺でも知ってたけど、それは太陰暦であって、今の太陽暦で言えば、

生:1836年1月3日
没:1867年12月10日

であるらしい。ウィキペディアで見て知った。つまり、ちょうど今日。140年前の今日の晩、何者かに斬殺されたわけか。言論を刀で封じるってのは、やっぱり野蛮やわ。いかんわ。

太陰暦って、30年で1ヶ月もズレがあるんやな。

咳の出る回数が、ようやく減った。風邪が完治したら、高脂血症の治療法を実践じゃ。

下戸やから酒は1ヶ月に1回飲むかどうかやし、タバコは9年前やめて以降まったく吸ってないし、普段から暴飲暴食もせん。でも、お菓子が好きで甘いのも辛いのもしょっちゅう間食してたから、それを減らさないかん。

しかしまあ、なによりも運動不足やな。動いてない。歩いたり自転車乗ったり、せないかん。そういや、今年は数えるほどしかドラム叩いてないな。

新潮文庫のブドウマーク

新潮文庫のブドウマークに2種類あるのは気づいてたけど、もう1種は知らんかった。

徳島

府県の変遷(四国地方)というページ。

徳島って、いっぺん消滅してたんや……。1876年、淡路島を兵庫に持って行かれ、それ以外を高知へ持って行かれてる。数年後、徳島県として独立したらしい。淡路島だけ、そのまま兵庫県。

幼い頃から高知・徳島の仲が良くないと思ってたけど、これのせいやったんかしらん。そういや徳島と兵庫の仲はどうなんやろう。徳島の眼って、常に四国じゃなくて関西圏に向いてる印象があるが。

なんて言いながら、高松は暮らしたことがあるし、松山は縁があって数えきれんほど泊まったり訪れたりしてるけど、徳島は数回しか行ったことがないので、ほとんど知らん、想像上の街に近い。

41点

戯れに「自閉症スペクトラム指数(Autism-Spectrum Quotient: AQ)自己診断」てのをやってみたら、41点。閾値を越えています、とのこと。そうすか……。

選択はこんな感じ(PNG・135KB)。

高所恐怖症なので

しまなみ海道と吉備路自転車道をサイクリングした岡山の人のリポートがあった。

吉備路はともかく、しまなみ海道のほうは車で渡ってても高さが恐ろしくて恐ろしくて早く渡ってしまいたくてたまらんかったので、あれを自転車でなんて、とても無理やなあ……。

2007年12月11日

3度目?

ツバが出て眠りに落ちることができん。
そしてまた咳が激しくなってきた。頭も痛い。
なんなんこれ?
腹が立って腹が立って。
本当に鬱陶しい。
もうこのまま連れてってくれ。
鬱陶しい、本当に鬱陶しいわ。

いらん

いらんいらん
もー、なんにもいらん

ちょっとずつ違う

今季3度目になる今回の風邪は、くしゃみと鼻水。
咳もあいかわらず居座ってるけど。
4度目には熱が出るんかね。

いや、もうええから、いっぺんに来ていっぺんに去ってくれよ……。

ぼやー……

ぼやー

@クレドビル

クレド

2007年12月12日

風邪熱は出ず、自転車熱は下がらず。

いろいろいろいろ、いろいろいろいろ目移りしつつ、今はビアンキの ANCORA(楽天)に惹かれてるところ。

こないだある自転車屋さんで、こういうドロップハンドルの、俺みたいな素人から見れば「自転車乗りが乗る」自転車にまたがってみた。変速レバーが見つからんので聞いたら、いまどきのはブレーキのとこに併設されてるらしい。へえ……。ANCORA はレトロ風ってことで、フレームに設置されてるんやな。

ドロップハンドルの有用性を説かれるたび、どんどん惹かれてしまう。しかし「自転車乗り」でもない俺ごときが、あんな本格的なのに乗ってる姿って、まったく想像できんのよなあ。

とりあえず自転車で遠くまでぶらぶら行きたい。離れてしまいたい。いろいろと。

子役

続・三丁目の夕日に出てた美加ちゃんらの撮影風景。いやー、可愛いわ。子犬も一平くんも。

美加ちゃん役の子、「さくらん」にも出てたらしい。嫁に問うと「ごぼうの子かなあ」とのこと。おらーまともに鑑賞してなかったから全く記憶にない。

to live well

ある自転車屋さんに通ったりメールで質問に答えてもらったりしてるうちに、署名欄で俺の住所を知ったご主人から「ご近所ですね、うちはTですよ」という返信が。

ん、Tには同じ名前のお店があったよな……と検索したら、疑問氷解。単純なことやった。ご夫婦でそれぞれ違う業種の店をやってて、でも、店名は同じにしてあるわけか。なーるほど。

Tにあるのはご自宅兼、奥様の店舗ってことなんかな。去年ぐらいにネットで存在を知って、近所やし、気になってるお店やった。ぜひ行ってみないかん。

自転車屋さんのほうは、俺が岡山に来た20年前から既にあったような気がする。車で前を通るたびに「なんか洒落た店やなー」とは思ってた。まさか自分がそこに参る日が来ようとは。

20年前は「まさか自分が本州に住むことになろうとは」って感じたけど。まあ、人生って常にそんなもんか。いつでも岐路。おおげさかね。いや、そうでもないよねえ。

自転車屋といえば

昭和63年夏に受験の下見で岡山を訪れた頃からずっとあった学南町のファミリーマートは、去年か、隣接する南の土地へ移転拡張し新装開店した。この地図では既に新しいファミリーマートが載ってる。中心点、十字部分が旧ファミリーマート。

こないだ気づいたが、そのファミリーマート跡地には、サイクルサイクル岡山店という自転車屋ができてた。なんとなく検索してみたら、その本部は米子市両三柳というとこにあるらしい。姉の家からほど近い。どうでもええ偶然に、なんか笑えた。

降雨

いちにち雨雨。湿気はあるのに、ノドはがらがらに乾燥しきってるみたい。欠伸をしようと大口を開けると、ノドの奥がひきつって咳が突出してくる。欠伸できん。
雨降り
明日また病院行ってこよかね……。違うとこ探したほうがええんかしらん。

声が小さくて通らない

注文をするための発声練習

あー、これわかるわ。俺の声も非常に弱くて通らんうえに気も小さいので、大きな声で「すみません〜」の一言が、とても高い壁になる。やから、居酒屋に限らず、知らん店になかなかよう入らん。異様に保守的になる。悩み。

アホほど大きな声が出る人を見るたび、心底羨ましいなと思う。世の中にこんなしょうもない悩み事が存在してることすら気づいてないと思う。呼び鈴ボタンがあるテーブルを不思議に思ってるはず。

2007年12月13日

生活と体面

久しぶりに某社の仕事。自身のあまりの非力さ、ふがいなさに、もう代金要りませんて言いそうになった……が、生活のことを考えてこらえる。

自転車のポテンシャル

なんとなく「自転車生活の愉しみ(Amazon)」という本を読んでみた。自転車が、日本ではいかに危険で不自然な位置に置かれてるか、ということを思い知らされる。

本来走るべき車道ではクルマから邪魔くさがられ、歩道では人から危ながられ、日本の自転車は本当に不遇な存在になってしまってる。俺自身、好き勝手に自転車を乗り回してきたから、目からウロコやった。

クルマの免許を取った者なら誰でも、自転車=軽車両と習ったはず。そこまでは俺も覚えてるけど、じゃあ軽車両って何よとなると、その認識は非常に怪しい。まいどウィキペディアで軽車両を調べると、「原動機を有しない車両の総称」とあった。

具体例としては、自転車・リヤカー・屋台・人力車・牛車・馬車など。なるほど、列挙されると、これらが歩道ではなくて車道を通行すべきってことがよくわかる。クルマと同じく左側通行せないかん、てことも。

しかし何故か自転車だけは歩道を通ることが当たり前になってる。が、これ、日本だけで見られる(法的に許可された)現象らしい。欧米では歩道走行厳禁。

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MS Office 2008 for Mac

来月、Office 2008 for Mac が出るらしい(楽天)。待望の Inel Mac ネイティブ対応やし、やっぱり買わないかんな。ほんまは Excel & Word のセットがありゃええんやけどねえ。他のソフトって使ったことがない。本当に巧い商売をするわ。

2007年12月14日

岡山の三十代以上なら多分

さんすてのつもりで、サテスタと言うてた。
サテスタ、天満屋前から消えて何年経つんかな。

カングーで市内うろうろ

病院へ行く途中、いつもの自転車屋さんへ。40歳を過ぎてトライアスロンを始めたとか、現在の品揃えにした笑える理由とか、いろいろと楽しい話を聞かせてもらった。

お目当ての自転車は半年待ちとのこと。へなへなとなりながら、失礼を承知で「もし通販で見つかれば購入し、メンテを」とお願いしたら、快諾してくださった。なんとも有り難いお話。なんとも無礼な客。

病院へ。症状があまりに長いので、医師はインフルエンザを疑って再検査してくれたけど、また陰性。レントゲンの結果も異状なし。点滴で1時間ほどベッド。薬ももろたけど、ほんまは、しっかり食べて眠って内側から治さないかんのやろねえ……。

病院を出たら真っ暗やったので、そのまま嫁を拾って帰宅。
トヨタ
ネット上でトヨタの古いロゴを見つけ、懐かしくて嬉しくて、意味もなくトレースしてみた。使う場面なんてないのに。マツダの古いロゴも好きやったな。

2007年12月15日

ついに発注してもた

日本語ではイカリ、英語ではアンカー、イタリア語では。
届くのは年末か、あるいは年明けか。
頑張ろう。

人んち

究極の飲み放題の店

すげえ……。人んちっぽい定食屋なら学裏——岡山大学の北部を指す俗称——にもいくつかあったけど、ここまでのはないよなあ。在庫管理とか帳簿はどんな状態になってるんやろう。

あ、1つだけ、我が家にも見られる光景があった。醤油。ウチもボトルのままです。

2007年12月16日

玄関の茶香炉

今日は家中を掃除、んー、中掃除かな。ハウスダストも一掃。
玄関の茶香炉
いろいろなおかげさまで、咳ほとんど消えた。ほぼ治ったと思ってええんじゃないかと。油断せられんけど(土佐弁)。

Four sticks

イオン倉敷の 36 STICKS にて嫁と2本ずつ計4本購入。甘いものは控えようと思ってるのに、可愛らしいケーキと鮮やかなパッケージにつられて、ついつい。商売上手やなあ。
36 STICKS
Four sticks といえば、もちろん4枚目が浮かぶ。

2007年12月17日

三つ子の魂百まで

吉村昭の「海の祭礼(Amazon)」読了。

舞台は幕末。インディアン(ネイティブアメリカンか)と白人のハーフであるラナルド・マクドナルドは、白人から差別されるアメリカを疎み、インディアンと似た顔の国民がいるという日本へ憧れる。念願がかない、乗り組んだ捕鯨船から日本への漂着が成功し……っていうお話やが、なんと言うても印象に残ったのは、その数年後に来航したペリーの狼藉ぶりやった。

200年以上続いてた鎖国政策に対して各国が開国の要請をしてたわけやが、彼らはいちおう日本の国法に則って長崎へ入港してたらしい。もちろん全部拒否されてたけど。

が、新興国アメリカのペリーは「長崎で江戸からの返事を待つ時間がバカバカしい」ってことで、いきなり江戸方面、浦賀へ押し掛けた。これだけでもルール違反で腹立たしいのに、「開国要請は嘆願じゃなくてアメリカの当然の権利」という姿勢。なにこの根拠のない理屈は。

さらに、返事を待ってる間は軍艦を江戸湾の奥までウロウロ侵入させて示威行動をとり「我が国は平和を好むけどさー、開国拒否したら撃つよ。あ、そうそう、こないだメキシコをボコボコに負かした」なんて、まるっきりチンピラやんか。

泣く泣く条約を結ぶと、それを知った各国がウチもウチもと洪水のように申請してくる。断りようがない。堤防決壊し、鎖国は崩れ、このまま侵略されたら大変! と西洋に倣って富国強兵に努めた明治ニッポン。

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2007年12月18日

ちょっと独居

先月末に引き続き、今日から金曜日まで嫁が出張で不在になる。
大量のカレーとハヤシライスを作り置きしてくれたので、食糧には困らん。
狭小地に建てられた、文字通り狭くて小さい3階建てやが、独りで居ると、なかなかに広い。

歩道走行

今日の夕方は強い風がひやい。久々に某所へ行ったら案の定「そりゃ〜まず風邪を完治させるのが第一じゃわ〜」とのこと。わかってはおるんですけどね……。
加工しまくり
岡北大橋の歩道でなにやら工事がなされてた。山陽新聞によると、これのことらしい。自転車に興味なかったこないだまでなら、間違いなく読み飛ばすような記事。

好きな色はいつも

自転車や靴や上着なんぞを探してて浮かんだ句。
女物の歌
……サラダ記念日が出たのっていつやったっけと調べてみたら、うわ、20年も前なんか。

それはそれとして、男モンて選べる色がほんま少ない。ターコイズやらベージュやらピンクやらローズやらボルドーやら、そんなのを男が使ったらいかんのかい。過激な男女平等には辟易するが、あまりに古くさい男女区別にもうんざりじゃ。

えびピラフ

たしかに、昔の喫茶店って、軽食メニューが少なかったなあ。

スパゲッティといえばナポリタンやったのに、これが「懐かしのメニュー」として押しこめられたのは、いつごろ、なにが転機やったんやろう。やっぱりバブル期のイタ飯ブームかね。パスタなんて呼称が広まったのと同期してるんかな。

勝とうハヤブサ線と歌い

ことえり4は加藤隼戦闘隊を知らんかったらしい。

2007年12月19日

ずれ

何年前になるか、笑い飯を初めて見たとき、越前屋俵太が新しくコンビを組んだんかと思た。
先月か、ホームレス中学生の人を見たとき、笑い飯の人かと思た。

NO NUKE, NO LIFE?

2002年に出た「朽ちていった命―被曝治療83日間の記録」という本の文庫版があったので、ぱらぱらと立ち読みしてみた。

かなりショッキングな写真もある。表沙汰にされてないだけで、もっと恐ろしい写真もあろう。こういうのが苦手な「一般人」には強制できんが、電力会社やら役所やら政治家やら、およそ原子力エネルギー事業に関連する全ての人間に対しては、怖がって逃げ回ろうとも、夢に出てうなされようとも、一読を義務づけるべきじゃ。

昭和のはじめごろ日本が大陸へ進出した理由のひとつには、増え続ける人口を支えるためのエネルギーを求めて、というものがあるらしい。そういう争いが再び起きぬよう、効率の良い(と言えるかどうか知らんが)原子力エネルギーの確保を肯定するという人々もおる。

覚醒剤を使うと何昼夜も眠らず仕事できるらしい。そんな話を思い出した。

一を聞いて十を知るという言葉があるが、「一を得て十を失う」なんていう言葉も浮かんだ。

2007年12月20日

ぶれ

感情にブレのない人間になりたいと思うのは、
そうなることで自分が楽になるから、というより、
そういう「出来た人間」やと思われたい、という動機の方が強い。

つまり、そういう人物を目指そうとしてる時点で間違ってるんよな。
ブレない人、出来た人って、意識せず自然とそういう風になってるはず。

抑揚

土佐弁
「(雨が)降りゆう」
「(店が)できゆう」
「(店が)できちゅう」……すべて抑揚が異なる

岡山弁
「(雨が)降りょーる」
「(店が)できょーる」
「(店が)できとる」……すべて抑揚が同じ


特に意味ございません。なんとなく思い浮かんだので、書き記してみただけ。

医者と役人の根性

吉村昭の「雪の花(Amazon)」読了。19世紀中頃、天然痘治療のため奔走した福井藩の医師、笠原良策のお話。

ナマモノである痘苗を迅速に運ぶため、2メートルを越える積雪もある中、笠原らは京都から福井まで死を賭して持ち帰る。が、帰ったら帰ったで、わずかでも西洋文化に慣れた京都や大坂の人々と違い、悲しいかな田舎の福井、庶民は西洋の治療を恐れて寄り付かず、その間にも天然痘で命を落とす人が続出する。

町医ごときの説得では無理と諦め、藩からのお墨付きをもらおうにも、役人は失脚を恐れ前例のない治療法を認可せず、西洋医学を嫌う漢方医たちは笠原を貶めるのみ。結局、名藩主の松平春嶽が江戸から帰藩してようやく……。

俺が行ったことのある福井と言えば敦賀ぐらい(しかも高速道路)やから、土地勘がない。今あらためて地図を見てびっくりした。京都と福井って隣県で近いと思ってたけど、「京都市から福井市」となると、かなりあるのね。厳寒期に徒歩で、か。

アホほど可愛い

凛としてて、しかしどこかマヌケな犬の姿に、思わずジャケ買いしそうになった。

Tea Tree

こないだイオン倉敷の雑貨屋で Tea Tree の精油を見つけたので、買うてみた。アロマポットは持ってないから、使い捨てマスクの鼻部分に1滴たらしてみたところ、スウスウしていい感じ。あ、肌に触れぬようと注意書きがあったので、マスクの外側にチョンと。

龍角散ののど飴も現在2袋目。もう不快感はないんやけど、クセになってしもた。いろんな人からのいろんな提案、まことに感謝です。
Tea Tree
薬屋で商品をいちいち眺めてると、改めて MADE IN CHINA の多さに驚かされる。できるだけ避けたいので、探しまわって MADE IN JAPAN と書かれたユニ・チャームのマスクを購入(楽天)。でも、最終工程だけ日本でやって国産ていうのもアリらしいよねえ……。

Tea Tree には「原産国:オーストラリア」とあった。

2007年12月21日

筆記具

繰り出し式のクレヨン、なかなか面白そう。繰り出し式と聞くと、つい早川式繰出鉛筆を思い出す。小学生のころ、学研の本で知った。

そういや岡山に来て「シャーペン」の発音に驚き、爆笑してしもたことがあったな。「シャ」にアクセントが来る。20年住んでるのに、いまだ違和感が抜けん。

電飾

こないだの晩、用事でここの前を通った。この時期だけと思うけど、まード派手な電飾やった。岡南地区トップクラスの派手さじゃなかろうか。

電飾といえば、電気ショック CM を見んような気がするが、消えたんかな。それとも俺がテレビを見んだけか。あ、デンショクのサイトにはあった。

目で見るストレス

ストレスの度合いを手軽に数値化!「COCORO METER」

面白そうやけど、試しに買うてみたろかという価格ではないな。病院とか薬局にある、誰でも使える血圧計の隣にでも置いてくれんかしらん。

西口にて

出張から帰ってきた嫁を迎えに、岡山駅西口へ。むこう、東口側にビックカメラの看板がよく見えてる。まだ行ったことないんよなあ。ここんとこ欲しい家電品がないからかな。
西口にて
あ、西口の改札が工事中やなんて知らんかった。ふだん全く利用せんし。どんな風に変わるんやろか。

ああ、あめ

ついさっき「自転車を発送しました、22日着予定です」のメールが来た。
嬉しくなって、明日は早速どこへ行っちゃろうかと天気予報を見た。

ちくしょう……。

2007年12月22日

mouse

今回の年賀状に「マウス」のネタを使う人って、日本全国に何人ぐらいおるんやろう。何百、いや何千人レベルでおるんかな。前回の子年から12年、パソコンが遥かに普及した。
マウス
どうせならと思って ADB マウスを探してみたけど、よう見つけんかった。引っ越しで捨ててしもたんやろな。ようやく見つけれたのは、Apple の Human Interface Guidelines という本だけ。

雨の日 Bianchi Ancora

しとしと雨降る昼過ぎ、巨大な梱包でビアンキのアンコラが届けられた。部屋の中で開梱。……う、わあ……思ってた以上に愛らしい。

このモデルにはグレーもあって、そっちにもかなり惹かれたんやが、せっかくのビアンキ、そもそもチェレステが自転車に興味を持ったきっかけやったんやしと思って初志貫徹してみたものの、いざ我が物として手にすると少し躊躇の気持ちがないでもない、小心者の俺。おっさんがこんな可愛らしいの乗ってスンマセンなあ……。

で、このチェレステが青空の下へ出れるのは、いつかいな。明日は午後から回復するという予報を信じよう。恥ずかしい気持ちを嬉しい気持ちで無理やり抑えて、外出してみよう。
Ancora
が、しかし、嫁が体調不良。発熱と頭痛。イ、インフルエンザか……? というわけで、これから病院へ連れて行くところ。

午後休診

調べたら、かかりつけ医は土曜午後休診やった。まあ、様子をみよか……。
あ〜、せっかく俺が快復したってのに、これじゃドリフのコントやなあ。

りんご

いつ以来かわからんぐらい久しぶりに、りんごを剥いてみた。
皮ごと食べた方が早いわ。もったいなくないし。

2007年12月23日

turquoise

12月生まれの俺の誕生石はトルコ石=ターコイズ(turquoise)。英単語の綴りを見て、そういや仏語っぽいなーと仏和辞典を調べた。案の定そのままの綴りで載ってた。発音は [tyrkwaz] とある。「テュぐクワズ」あるいは「テュふクワズ」って感じか? エールがラ行音とは未だに思えんのじゃ。

ともあれ好きなのよ、青緑色が。服も靴も青緑のに目が留まる。色鉛筆も絵の具もボールペンもコピックも、その手のばかり買い集めてしまう。あ、カングーも在庫さえありゃソレントグリーンやったのになあ。
turquoise
飽きっぽい性格ゆえ、いろんなもんに手を出しては辞めということを繰り返してきたけど、バンド活動、ドラムだけは何故か15年以上だらだら続いてる。

その長い趣味やというのに、数年前に買うたこのスネア、まだ2つ目。しかも初級者用6万円ほどやったっけな。ここ2年ほどのカメラも、興味を持ったばかりの自転車も、それより高いよ……。もしかして、長く続ける秘訣は高価な機材を使わんことか!?

いやいや、バンドは独りでやる趣味じゃないからです。仲間様々。牽引してくれる人々に感謝です。おいらはドラマー、怠惰なドラマー。

negative

38度前後の熱、節々の痛み、頭痛等々。嫁の症状を聞いてるとインフルエンザに違いないと思ってたんやけど、昼過ぎ病院へ連れて行くと結果は陰性。素人判断で去年の残りのタミフルを飲まさんといてよかった。

嫁を寝かせたあと、用事があって自転車で表町まで行ってきた。大賑わい。あ、そうか、クリスマス。毎年あんまり意識してないけど、風邪でばたばたして今年は特に忘れてた。

まあ、夫婦同時に風邪ひかんで良かった、不幸中の幸い、と思わないかんな。

美観

きょう街へ乗ってった自転車はいつものオンボロ中古。なにしろ Ancora は鍵もベルもライトも、そしてスタンドすらも付いてない、まだ素っぴんの状態なので。

いわゆる“本気の自転車”に乗ってる人たちは、見た目や軽量化のためスタンドをつけんものらしい。軽量化はわかる。が、見た目のためってのはどうもピンと来んのよね。雑誌やブログで見かける、地面に横倒しで置かれた自転車って、美しくない。屍みたい。

自転車に興味を持ったばかりの頃、停車時にゃ足が届かんほどの高いサドルに驚くと、店主のFさんは「走行に適した高さにするものなんですよ。自転車は走るのが仕事ですからね〜」とおっしゃった。

つまり、止まってる自転車は本来の姿じゃない、屍なんかもしれんなあ。

間寛平を思い出した。

2007年12月24日

39度以上

さっき帰宅した。

23日の23時頃、嫁の熱が39度を越えた。腹痛も酷いらしく何度もトイレに行く。昼に病院でもらった頓服の解熱剤だけでは手に負えそうにないので、昼とは違う病院へ連れて行った。

着いたのは、ちょうど日付変わった頃。待ち合いには数人の患者がおった。40分ほど待って診察室へ入ってった。1時10分から点滴が始まり、終わったのが4時15分。ふつう1時間もあれば終わるよね。ミスとしか思えん。人手が足りてない様子で、看護婦さんの巡回もなく放置されてたらしい。

インフルエンザの検査はここでも陰性。でも断言できんらしい。胃腸炎も併発してるらしい。たぶん風邪でしょう、と。結論出ず。昼間来てくれんことには詳細な検査ができんとのこと。で、初診てこともあり、5,730円也。絶句。病院にも事情があるんやろうけどさ、病気は時刻選ばず発生するんやしさ、文句を言いたくなるのは正直なところ……。

待ってる間に吉村昭の「わたしの流儀」読了。さらに「」を半分ほど。

眠い。

快方か

薬で押さえ込んでる感じか。ひたすら寝る嫁。
固形のものも、なんとか食べれるようになった。
明日の出勤は無理やと思うけど、まあ、よかろう。

初乗りというか初滑り

夕方、家を抜け出し、Ancora で少しだけ旭川の堤防を走ってみた。玄関からヨロヨロと発進。でも走り出せばなんとか大丈夫。

ああ、全然ちゃうわ。全く別物やわ。自転車という同じ名称で呼ばれてるのがおかしなぐらい、これまでのオンボロ中古と全く違う。想像以上に軽い。安全靴と足袋ぐらい違うんじゃなかろうか。

滑空してる感じ。滑空したことはないが。帚にまたがって飛ぶ魔女の気分かな。それも知らんが。あまりの心地よさに、ペダルくるくるしながら笑えてしかたなかった。危ない奴と思われても仕方ない。するすると進む。

補助ブレーキなしのドロップハンドルなのが、まだ怖い。切り替えのレバーがフレームについてるので、その操作もまだ危ない。信号待ちでの動作もオロオロ。さて、いつ慣れれるかな。

DPE

DPE

2007年12月25日

spinning

ようやくかかりつけ医に診てもらい、胃腸炎という判断をされ、適切な薬を処方されたものの、症状が急によくなるわけでもなく、熱と腹痛は止まらず、ただ見守るのみ。なんにもできん。
spinning
消化の良いものをという食餌療法で助かってるわ。おかゆなら俺でもなんとか。手の込んだものを作るべしなんて言われたら万事休す。料理できる人を尊敬するよ。ていうか尊敬することばっかりやなあ。おらーなんにもできん。能無きこと底なし。いやんなる。

ドラッグストアにて

客がやたら多いなと思ったら店内放送で今日がポイント10倍日であることを知った。うんざりしつつ4ヶ月前と同じく独りフォーク並びに挑戦するも、数秒で敗退。真横に客が並んだ。あーあ……。

フォーク並びさせることで、店には何か不都合があるんかしら。

2007年12月26日

37

年齢だけでええよ。
体温はそんなにいらん……。

2007年12月27日

ばたばた

ここまでばたばたする年末は初めてかもなあ。
何のバチが当たってしもたんやら。

2007年12月28日

七転八倒

このまま投薬続行するか手術するか、嫁の治療判断は明日に持ち越された。
俺は俺で、26日の夕方から風邪がぶり返し、37度の微熱が出たままで鬱陶しい。
かかりつけ医は、明日の午後から休みに入る。
年末年始、生き残れるんかしら……。

天気も荒れ模様

今日は朝からよく降る。
明後日ぐらいから年明けにかけて今年一番の寒波が来るらしく、
岡山県南でも降雪あるかも、とのこと。
病院に行くことすらできんなったら、ほんま弱るのう。

2007年12月29日

なんとか

昨日の CT の結果、嫁の腸炎は一般的な腸炎であり盲腸炎等ではないので、あと2〜3日の投薬治療で大丈夫でしょう、とのこと。

俺のほうは、相変わらず微熱。朝はないのに、午後から37度台にあがる。ここ3日ほどずっと同じ。今日も同じ。昨日の晩からあんまり食欲がない。

右の脇腹というか背中に近いあたりの肋骨が2週間ぐらい前から痛い、と伝えると、検尿&エコー検査の結果、ほぼ治ってるけど腎臓結石の痕アリだね、とのこと。

長引く咳のせいで筋肉痛か肋骨にヒビでも入ってるんかと思ってたから、ちょっと驚いた。中性脂肪・コレステロール値が高いやら結石やら、自分が中年になってるのを痛感させられる単語やなあ。

まだ少ししんどいので、とりあえず、寝る。

にわかテレビっ子

病んだせいもあり、ここ数日ずっとテレビの前におった。

NHK BS2 でやってる伊丹十三監督の映画を連日観た。京都・松山育ちという監督やのに、出演者の関西言葉がことごとく無茶苦茶やったのが不思議でならん。そこには執着心がなかったんかしらん。

夜中の「怪奇大作戦」も観た。自分が生まれた年代の街や自動車に心を掴まれっぱなし。あの頃に飛び込みたい。やっぱり好きなんやなあと実感する。岸田森にも目が釘付けやった。喫煙率の高さにも。

2007年12月30日

年賀状

年賀状だけ、ようよう書き終えた。
仕事は年明けか……なあ……。
パソコンの画面を見るのがしんどい。

2007年12月31日

写真

昨日 NHK で「熱中時間」という番組の「鉄分補給スペシャル」という回が再放送されてて、ぼーっと眺めてたら、嫁が「なんか見たことある景色じゃわ……」とポツリ。備前片上駅が写ってたらしい。

高さ3メートルほどの脚立を初代 MR2 の屋根に載せて移動し、鉄道写真を撮る人のお話やった。その後、脚立なしでいい写真が撮れる場所をというリクエストで移動した先は、加古川やった。

鉄道写真を撮るためだけにあっさりそこまで移動できるフットワークの良さって、素晴らしいわ。おらーめんどくさくてそんなんようしません。こんなんやから、いい写真を撮れんのやろなあ俺。

大掃除は後日あらためて

夫婦ともども本調子でないまま、なんとかかんとか掃除。
こんな年末、今回が最初で最後でええで、ほんま。
もういらんわ。

祈願

最近の YUKI を見てて Tiny Betsy を思い出したんやが、意識してんのかな。
Tiny Betsy
7時ごろ津島モールへ買い物に出たら、小雪が舞ってた。
来年は心身ともに穏やかに過ごせますように。
且つ、身辺は激動となりますように。

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