はじまり
あけましておめでとうございます。
Movable Type を新しい……というてもだいぶ前からリリースされてる 3.33 に移行させてみた。アップグレードはようせんかったので、完全移行で。テンプレートをいじる時間がないので、ほとんど初期設定のまんまやけど、まあ、ぼちぼち、そのうち。
大きな写真を載せたいというのが主な目的なので、また重いサイトになってしまうかもなあ。
あけましておめでとうございます。
Movable Type を新しい……というてもだいぶ前からリリースされてる 3.33 に移行させてみた。アップグレードはようせんかったので、完全移行で。テンプレートをいじる時間がないので、ほとんど初期設定のまんまやけど、まあ、ぼちぼち、そのうち。
大きな写真を載せたいというのが主な目的なので、また重いサイトになってしまうかもなあ。
考え過ぎが行動を抑制してしまう。
今年は自身の直感・直観を信じよう。
さんすての雑貨屋でサヴィニャックっぽいな〜というカレンダーを見つけた。Hervé Morvan と書かれてたので、帰って来て調べるに、なるほど、同じ時期の人なわけか。
運も才能のうち。
行き当たりばったりも勢いのうち……かもしれん。
今年の日常は、違う日常にしたい。

何かを獲得したい。
必ず変化したい。
昼飯食べながらテレビを見てると、寂しい場所で女性の「ここにはむかし木があってたくさんの花を咲かせてた……」というセリフのあと「木の家」と花々が登場する、住宅のコマーシャル。
木の家が生活に花を咲かせますよって言いたいんやろけど、昔そこにあった木を切って作った家に思えて、ちょっと笑えた。
おつかいって、日本的なもんらしい。英語には「ガキの使い」という表現がないってことか。はじめてのおつかい、見たらまた泣いてしまうんやろな。めちゃくちゃ涙もろくなってる。
それにしても、子供の頃おつかい頼まれたことってあったっけな。まったく記憶にない。小遣いをもらったらすぐ無駄遣いしに駄菓子屋へ行ってたのは覚えてる。……三つ子の魂百まで。
偽善者でええかっこしいで息苦しくなるのは自業自得やわな。
もっと好きにせないかんなー。この沈滞をぶちやぶらないかんなー。
がんばろ。
便利屋じゃなくて、こちらからもっともっと。
あ〜、もどかしいな。
まず何からどうするのがええんやろか。
阿呆みたいに青い破壊衝動だけが湧き上がってくる。
壊したい壊したい。がちゃがちゃにしたい。
ループだけは避けたい。前に進みたい。
あ〜〜〜、どないしょ。
過去の自分を好きと思ったことがない。浅薄で姑息で阿呆で子供だましで、思い出すと恥ずかしいことばかり。
でも、自分は日々変化してるはずなので、毎日死んでは生まれ変わってるはずなので、未来の自分には期待する。つまり、まあ、がんばらないかんなと。
最近こればっかりやな。
車も時計もカメラもいろんなことも、欲張ってたくさん抱えるからわけがわからんなるんよな。今年は整理していきたいわ。残すもの、手放すもの。
あー、つい余計なことを考えて仕事が進まん。仕事々々。
幼稚園児の頃、紙飛行機をよう折らんかった。「一生このまま紙飛行機をよう折らんのかな」と不安に感じたことをはっきり覚えてる。
同じく幼稚園児の頃、ブランコで後ろへこけて後頭部を打ち「ここを打ったら死ぬんや、俺もう死ぬんや」と恐怖におののいたのも覚えてる。
悪いほう悪いほうへ考えが向かう性分は当時からできあがってたんやな。
幸い、紙飛行機は折れるようになった。
幸か不幸か知らんが、まだ生きてる。
好きな音楽や写真を真似るのは楽しい。
好きな生き方を真似るのは難しい。
今朝の山陽新聞に載ってた
ち密で大胆 野村さい配という見出しを目にして、無性に情けなく、腹立たしく思った。
そこを平仮名にする必然性がわからん。漢字を読めれん人のため? でも、ぶっちゃけた話、「緻密」「采配」程度の漢字を読めれん人は、たとえ平仮名にしたところで意味わからんのじゃなかろうか。
平仮名にすると却って読みにくいし、意味も破壊されてるような気がするわ。漢字で書いてルビふるんじゃダメなんかねえ。
話変わるけど、中学んとき、クラストップの賢い女の子が平仮名を「へいかめい」と朗読して、現国の先生が凍りついてたのを思い出した。
さらに話変わるけど、「読めれん」という言い回しに違和感を覚える人って多いやろな。「読めん」の使用人口は多そうやけど、「読めれん」は四国方言やろか。
もっと長々と議論して、これを争点に選挙したりするんかと思ってたけど、気がついたら今日から防衛省。ちょっと驚いた。驚いたけど不安に感じるでもない。むしろこれまでが不安やったぐらい。
自衛隊も中途半端な位置づけのままじゃ可哀想なので、はやく正式に日本軍となることを期待したい。
滅私奉公は、強制されると迷惑なだけやけど、その精神自体はとても素晴らしい。頭が下がる。どうかしっかり守ってほしい。
祖母の出演はとても適切な演出やなー。暖かくて、笑える。
窓際の日だまりの昼寝
こたつの中のうたた寝
日々のぬるま湯
出るきっかけ
離れる勇気
昨日の夜なにげなく NHK のテレビニュースに目をやると、相撲をとってる力士たちの向こうに林家ぺーを発見して、ちょっと嬉しく幸せな気分になった。
I can't speak English って言うより、I can't English って言うたほうが、「できん」雰囲気が伝わるなあと思た。
強い人間は優しい。
弱い人間は、ただ弱い。
どーじゃちかーん
なんちゃーじゃない
もーどーじゃちかーんぜ
なんちゃーじゃないがっちや
いらんちや
もうかーんき
やっぱり夜中のほうが進めやすいんよなあ、仕事。
百鬼園先生ほどの才能があれば、何も言われずにすむんやが。
寝よ。
無知は罪、無知は武器。
ぱんぱんに張った水風船みたいな状態で、ちょっとの刺激で、ばーっと流れ出て来そうな、そんな感じ。むしろ割れたら楽なんかもしれん。
動くと、風が起きる。
凪はクサクサするから、そよ風ぐらいはあったほうがいい。気持ちいい。
しかしまー、よく言えば敏感、悪く言えば臆病なもんやから、すぐ暴風になる。
そよ風を保てるのが大人というやつなんかもしれん。
36歳過ぎたのに、まだまだ青過ぎるなあ。
つい「首領ペリー」という字面が浮かんで、黒船のペリー提督が連想される。酒が一本数万円。わけわからん世界やわ。酒なんてどれもアルコール。酒の味についてあれこれ語れる人をうらやましく思うこともあるけど、やっぱり下戸の自分で幸せなんやろなーと思う。飲まない打たない買わない。散財するのは本と CD と、最近はカメラか。
この御方、35歳から転職を始め、46の現在までに8つ職を変わったとのこと。素晴らしいエネルギーやなあ。勇気づけられる。
セサミストリートのエルモを操り、あの声も担当してるのは……なんとまあびっくり。操るのはともかく、声まで出してるなんて思ってなかった。
暖簾にこれほど深い意味があったとは知らんかった。
なんど玉木宏って耳にしても、頭に浮かぶのは玉置宏の笑顔。
幸か不幸か知らんが、まだ聞こえるんよなコレ。キー! というかチー! というか、とにかく不快。シャーペンみたいな鋭いもんで鼓膜を刺激され続けてる感じ。
ブラウン管や液晶モニタが点灯してても聞こえる。ノートパソコンの処理中にもキューキューケロケロと忙しく演算してる音が聞こえてくる。フリーズすると音が完全に消えるからわかる。
あと数年したらこういう聴力も衰えるんやろう。
過去は変えれんけど、未来は。
ほんまに不二家だけなんかしらん。談合やら贈収賄みたいなもんで、実際どこもいろいろやってるんちゃうんかね。そらやったらいかんことはやったらいかんことやけどさ。
わけわからん薬でいっぱいの大陸輸入野菜とか茶葉とか、そんなんのほうがはるかに怖い気がするんやが。
み、宮崎県民よ、ほんまにええんかそれで。
結局、時計を1つ売却した。
後ろ髪ひかれる思いもあったけど、断ち切ろう。
使ってないものは片付けていこう。
いろんなものを整理していこう。
ページ中程に直径数ミリの超ミニ盆栽が。器も自作やそうな。すげー。
もう23日。どんどん流れろ。どんどん進め。いけいけ。

がんばれがんばれ。がんばれる。いける。
久々にお隣さんから夫婦喧嘩の怒号が聞こえてくる。
よくもまあ怒りのエネルギーをこれほどまでに爆発させ、且つそれを十数分〜数十分も持続させれるもんやなあと感心させられる。
大声出して怒ったことなんて記憶にないなー。感情の放水路が細いんやろう。そして、そのエネルギーは物欲へ回ってると思う。
大人は、曖昧な物事を曖昧なまま受け入れることができるらしい。
白黒ハッキリつけたがるのは子供の証拠とのこと。
おらーいつになったら大人になれるんやら。
携帯灰皿を諸外国で使うと奇異な目で見られるものらしい。日本の、美しい思いやりの気持ちは大切に維持していきたい。
しかし、日本にも相変わらずおるよなあタバコのポイ捨て。車からも自転車からも歩行者からも。あれほど卑しい行為はない。
勝ち負けとか損得とか、そんなしょーもないこと気にせん気にせん気にせん……て言い聞かせてる時点で、ものっすごく気にしてしもてるんよな。
あー、超越したい。超然とした人物になりたい。
海原はるか・かなたの髪の毛ネタが死ぬほど好きなんやけど、あれ以前の強力な持ちネタって何やったんやろう。それとも昔から薄かったんやろか。
以下、自分用メモ。薄いほうが「はるか」で、ケーシー高峰とヨネスケを足して割ったっぽいのが「かなた」らしい。客からの立ち位置と名前が逆転してるから覚えにくいな。
やられた、今日もかご猫の笑顔にやられた。なんちゅう素敵な顔よ……。しあわせ。
この人が面白そうやなと思うと、だいたい某野党から出馬してるんよな。あんまり好きじゃない党やから悩んでしまう。
自民党好きってわけじゃないが、どうせ世の中を変えたいんなら、政権党に入ってしまって、その内側からってのはダメなんかのう。無理なんかのう。
サーブ権と同じで、野党やと「まず政権を取る」というハードルがあるから、世直しするには一歩遠いような気がするんやが。子供じみた発想なんかしらん。
そういや、バレーボールからサーブ権というルールが消えてるらしい。知らんかった。バドミントンはどうなってるんやろ。知らん。
ポーズ人形をオークションで物色する日々。
ずいぶん前から思ってることやが、大きさ比較のためとはいえ、愛らしい人形の横にビールの空き缶やタバコのパッケージ——しかも開封済みで数本吸ってるやつ——なんぞを並べて撮るのはどうかと思うで。酒やタバコのニオイがついてそうでイヤんなる。
人形じゃないけど、届いた落札物がタバコ臭くて悲しい気分になったことがある。漂ってくる「生」のタバコのケムリの匂いはけっこう好きなんやけど、残り香・移り香は、ただ臭い。
ニンニクも同じやなあ。食べる前はかぐわしいのに、食べた後はひたすら臭い。
えー、Amazonでいよいよポイントサービス開始やって。まずいなあ、ネット通販からできるだけ足を洗おうと思ってるのになあ……。
ぼやーっと生きてるのは、命を無駄に消費してることなんやなあ。
懸命に生きてる人へ、わけてあげたいわ。
ドラマーのくせに、人生のリズム感が悪い。タイミングはずしまくり。
生まれ変わる前によっぽど間のええ人生を送ってたんか、
それとも将来は少しマシになるのか、ともかく間が悪い。
いやいや、だらだら生きてるバチが当たってるだけやな。
きっとそうじゃ。
盲信、猛進じゃ。
寒いときに
力を入れると歯がガチガチなるぐらい寒くて
ふっと力を抜くと
一瞬寒くないような気がして
でもやっぱり寒くて歯がガチガチなって、
怖いことを考えてるときも似てる。
別のことを考えると
一瞬は何でもなかったような気がして楽になって
でも思い出した途端
真っ黒い力にねじ伏せられる。
ぺしゃんこにつぶされる。
だらだら無駄に生きてる命を切り売りできんかねなんて退廃的なことを考えてたら、大昔に読んだ三島由紀夫の「命売ります」を思い出した。題名しか記憶にないんやけど。
バチ当たるな。
考えるな。
ヒトはヒト。
ウチはウチ。
俺は俺。
よそは関係ない。
子供の頃によく言われたろ。
干支を三回過ぎてもまだこんなに青い。
アホウやわ。
泣けてくるわ。
ぐらぐらで吐きそうやわ。
黒を塗りつぶすのに、赤や青や緑は可能かね。
いっぺん真っ白で塗りつぶすのが早いんかね。
苦しいを楽しいで塗りつぶせたらええのにね。
いっぺん真っ白になるのは難しいね。
フランスには「ねこ年」があるそうな。
場の雰囲気をしっかり読み取り、教えを請われればポイントだけ的確に教え、そんな人がいい。そんなおっさんになりたい。頼まれもせんのに教えたがり、鬱陶しがられてるのに気付いてない、そんなおっさんにだけはならんよう気をつけたい。
なかなか難しい。
この椅子(動画)すげー! 祭りの屋台で買うてもろては数日で壊してたあのオモチャを思いだす。
尾道帆布ってのがあるらしい。こないだ津島モール地下のスーパーに貼り紙広告があって知った。
カメラバッグも作ってるみたい。納期がネックかな。大量生産品じゃないから当然か。ま、急ぐ必要もないんよな。世の早い流れに慣れきってしもてる。自分が納期に急かされるのはイヤなくせに。
尾道、また行きたいな。箱庭みたいで楽しかった。
えーと、カメラをあの人に、レンズはあの人、スネアとペダルはあの人かな。他に売れるもんなかったっけ。身から出た錆とは言え、あ〜。
ま、いっか。
「痛くない、ぼく CG だから」
このセリフ、なんど思い出しても笑えるわ。
あ、でも、日々に疲れたときにも使えるな。
しんどくない、つらくない、苦しくない、ぼく CG だから。
単なる逃避か……?
ラーメン屋へ行って、「ミソ」って頼んで、出てきたあとで「やっぱ醤油にして」って頼んで、出てきたらまた「やっぱミソがええわ」って頼んで、帰りにミソ1杯分の御代て許されるんかしら。
涼しい顔して俺を殺してる。
きっと微笑みさえ浮かべてる。
当人にその意識はないが、
何度も殺されるほうはたまったもんじゃない。
いい加減このループから抜けたい。
どこへ?
逃げて?
あの人が羨ましい。
羨ましがってる場合じゃない。
見習って行動したい。
ちくしょう。
どうすりゃええんじゃ。
止まるしかないんか。
突き進むんがええんか。
まったく見えんよ。
こわいよ。
パソコン関連商品を扱う会社やのに……。
ってまあ、今さら言うてもしゃあないか。
あれが嫌いこれが嫌いって言うのは、
つまり、人間嫌いなんやろな。
イライラしてもしゃあない。
くよくよしてもしゃあない。
にこにこしてもしゃあない。
遊里丹さまさまよ。
わずか数ヶ月、数週間、数日、下手したら数時間でいろんなことが凄まじいスピードで姿を変えてって、それを追いかけるのが大変で、置いて行かれて、場合によっては置いて行って、流れて、走って、気がついたら、なんにも残ってないんちゃうかという不安も持ちながら、しかし留まるのも怖くて、結論としては……わけわからんわ〜。
沢松奈生子が今日でかんさい土曜ほっとタイムを卒業した。めちゃくちゃおもろかったのになあ。寂しい。
彼女は「テニスのときもラジオも常に全力でやってきたので、悔いは全くありません」と言い切った。素晴らしい。
The time to turn off the switch not to be involved the flood and chaos of exploding feelings they will be kept a few days or more from now on.
ついさっき連絡を受けた。
昨日でキルトの個展が終わり、ホッとされたんかもしれん。
撮った写真、Hさんに渡して、見てもらおうと思ってたのに。
間に合わんかった。ちくしょう。
心よりご冥福をお祈りいたします。
Those who can't get pleased with others' happiness might must be unhappy.
昨日の予告通り、接着剤アートを NATURA BLACK F1.9 + NATURA 1600 で撮ってたのを CD-R にしてもらってきたので、デジカメ(FinePix F30)で撮ったのと併せてバーッと羅列。
まずはデジカメで撮ってたものを時系列で。引きで見てると、リズムに巻き込まれて中にすーっと吸われそうな気分になる。

笑って、眠って、起きて、笑って、グウ……
とにかく眠いんよ。むやみに眠い。
このまま、一人、溶けてしまおうかと。
白いファイヤーキングにコーヒーが映える。おとといの昼間。

やっぱり、
好きなもんは好き、
要らんもんは要らん、
で整理していかななぁ。
単純に。
明石〜神戸へ遊びに行くつもりやったけど、天気も体調もいまひとつすぐれんかったのでヤメ。
Never get interested in anything but sleep.
1題目。ニフティ、というかココログの1コーナーなんかな、猫パンチTV。パソコン通信の頃ニフティサーブに入会して12年になるけど、いまだにニフティの全サービスを把握しきれてない。ポータルZといい、いったい何が専業の会社なんだろか。おもろいからええんやけど。
2題目、イギリス版「なめ猫」みたいなの。おもろい。笑える。笑えるけど、やっぱりどこか無理させてるんかなと少〜し心配にもなる画像。そういや、カエルのこころシリーズ(amazon)が出たときも、「おもしろい」「これ大丈夫なん?」と賛否両論あったらしい。
詰みか?
Cannot deny expect it to be collapsed NATURALLY.
あまりにも青くてあまりにもありきたりな問いかけに我ながら馬鹿馬鹿しく情けなくなるけど、なんのために生きてるんやろ……って考える行為は、たぶん死ぬまで続くな。
最近の楽しみと言えば、通販サイトのカートをこれでもかと満杯にする、つかの間のバーチャルショッピングぐらいか。そして何も買わずにログアウト。
あー、寝よ寝よ。眠い。
なにがどうアマガエル風に見えるんか写真ではよくわからんけど、実物はそうなんかもしれん。見てみたい。
奥田民生「今は忘れたい 二度と見たくない」
河島英五 「忘れてしまいたいことや どうしようもない寂しさに」
円弘志「忘れてしまいたいことが 今の私には多すぎる」
中島みゆき「忘れられるものならば もう旅になど出ない」
沢田研二「風の日はきらいでしたね 忘れたい何かあるのですね」
皆、けっこう忘れたいもんなんやねえ。
渦、嵐、波、風、雨、ぜんぶ売ったらナンボやろね。
なんかもう疲れたよ。疲れた。
パトラッシュはおらんか、パトラッシュ。
あー、へとへと。
三朝みすとか。美作三湯は追随せんでええのかな。
伊武雅刀の公式サイト。いやー、本人の不気味というか掴みどころのない雰囲気をよーく表してるわ。これ作ったの、まさに「デザイン=伝える」仕事をできてる人たちなんやろな。すばらしい。
谷*くん、離陸済み。
谷*ちゃん、離陸予定。
谷岡、まだ滑走路でウロウロしてる。
どうしたいのか。
どうしたいのか。
どうしたいのか。
とりあえず、で何年たった?
バネってね、
のびちぢみするから、バネなんであってね、
のびきってしまうと、バネじゃないんよね。
あんまり重いものを吊ったら、いかんのよ。
ポータルZより、絶対に盗まれない自転車を作る。
わろた。特にオチにわろた。たしかに自転車は安全になったかもしれんが、自分は職務質問を受けまくるんちゃうかコレ。
誰かと同じことをやってもなあ、なんて高いところから見下ろした気分で結局なにもせず無為な時間を消費してるだけの阿呆。他人と同じでも何でもええから、とにかくやってみないかんのじゃ。やらないかんのじゃ。動けよ動けよ。
Frequently "wise" thoughts make you pushed into deep sea of grief, fixed to the huge rock of fear not to come up again to the ground of pleasure. In other words, the deeper you think, the deeper you sink. Just move it, and you'd get better, you know. I know, either.
青色申告書類提出のためママカリフォーラムへ。今日も風が強い。ひやい。自転車をこぐ脚に力が要る。梅に気を取られて、ちょっと撮影。これは NATURA BLACK で。

こっちは K100D + FA50/1.4 で。

夕方、あの松下さんからご招待を受け、「スタジオ・ニット」さんへお邪魔した。ヨーカドーへパンダを置き、久〜しぶりにサンハイム厚生町へ。

いびつな枝に、いびつな花が咲く、実がなる
なぜ、「なぜ?」と思ってしまうのかね?
X : 交わったあと離れていく。
Y : 交わったあとも一緒に進む。あるいは、ある時点から離れる。
V : 交わると終わり。あるいは、いきなり離れることから始まる。
I : ずっと一緒に進む。あるいは、ずっと1人。
真夜中に阿呆が1人。ずっと1人。
自己愛が激しい困ったちゃんは自分を含めよく見かけるけど、自己を粗末にして他人にだけ優しい人なんておったら怖い。そんな人から優しくされても、却って気を遣ってしまうよ。
だいいち、他人に気を遣わせてしまうほど自己を犠牲する人が、他人に優しいなんて言える? 他人を満足させることに自己満足してるだけちゃうか?
自分にも他人にも優しくが理想やろな。国も同じよ。自国への愛があるからこそ、他国を尊重できる。
ま、そのバランスが、げに難しい。
なるほど。違和感ないのは、鬼太郎のヘアスタイルがもともとビジュアル系っぽいからやな。ちなみに、ウエンツ瑛士ぐらいは、俺でも知ってます! たしか紅白に出てマイク倒れた人……よな。
あわ
いろ
うく
え
おと
……んーーー……?
超高速で過ぎる時間の中で自分は立ち止まったまんま。
摩擦で発火するか、激流に喰われるか。
書店でなんとなく手にするサイコセラピー本のほとんど全てが女性向けな気がするのは、気がするだけに、気のせい? 男は男らしく、そんなもの読むなって?
女になりたいのは、みつおだけじゃないと思うんよ。きっと奥田民生はそれに気付いてるんやろう。関係ないけど、みつおと言えばコピーロボットを思い出す。ついでに「みきおとミキオ」も。
真面目じゃない。思考に色がついて、流れて溢れて、空っぽ。真っ白じゃない。黒でもない。
URESICA、クリエイターによるセレクトショップ、とのこと。
九州ことばっぽいな。
あ、魚座の最後の日、か……。
人間は全て違う個体やから、テレパシーなんてもんを持ってない限り 100% の意思疎通なんてどだい無理なわけで、しかしそれでもなお、90% でも 99% でも意思疎通できたらなあと切望し努力するというのが、相手を思う気持ちというやつか。
名前は知らんが関ジャニの1人を見てると、なぜか、むかし探偵!ナイトスクープでやってた「幼い子供だけでプルコギという名の焼肉屋に行く」というネタに出てた外国人の子供を思い出す。ロシア系の子やったっけな。
見ない言わない聞かない知らない感じない思わない閉じこもると楽
星の王子さまの「大切なものは目には見えない」ってセリフを、「モノより思い出」という宣伝文句ぐらいに白々しく感じる俺は、目には見えない大切なものが歪んでしまってるんかな。
目に見える大切なものもあると思うんやけどなあ。目に見えるものは大切でないってことになると、美術やデザインの存在意義を否定してしまいそうで。
人と同じことをやってるはずやのに何故か違いが出てくる、という部分が個性なんやろう。
ふと気付いてみりゃ、すべてが本来あるべきとこへ落ち着いてってるだけのことやんか。あまりの阿呆らしさに笑えてきた。
水面の葉
得ようと投げた
石は手前
さらに投げれば
葉をこなごなに
えーと、短歌は季語いらんのやったっけ。
夏川純というタレント(アイドル?)が年齢詐称を認めた、なんてのが Yahoo! のトップに出てた。そんな大ニュースなんかの。
しかしまー、芸能人の美容整形や年齢サバ読みなんぞ暗黙の了解なんやろから、いちいち突っ込むほうも認めるほうも無粋としか思えんなあ。
ああ、結局すべてが宣伝なんかな。それでこそ芸能界って気がする。
昔はスケッチブックに絵日記やら落書きやら書いてた。いろいろ出てきたうちのひとつ。日付は91年8月25日とある。

あの頃はパソコンなんて趣味を持ってなかった。退屈を感じたこともなかったな。絵を描いたり文を書いたり、自由な時間を好きに埋めることができてた。
パソコン(ネット)中毒者になって久しい。今はパソコンを触ってない空き時間ができると、何をしてええやらわからんなってる。アイデアがなーんにも出てこん。本当に寂しい、危機的なことやと思う。
実名でブログ書いてるのに mixi では匿名やな、俺。
なんでやろ。
mixi の中途半端な閉鎖性のせい、かもしれん。
よくわからん。
植木等、逝く。
合掌。
読売の『身につけよう 江戸しぐさ』より引用。
現在、マナーの悪化が叫ばれています。中でも日本の地下鉄の様子は、海外では「世界一のマナーの悪い場所」と紹介されており、ひと昔前の欧米の様子と逆転してしまったと、外国人の方や海外に行った日本人がそのことを痛感するそうです。ふだん公共の交通機関をほとんど使わんから現状を知らんのやけど、ほんまやとしたらあまりにも悲しいことやわなあ……。
ああ、すべてが、あざとい。
……やっぱり酔って書くのはよろしくないな。昨晩のを読み返すと恥ずかしい。しかしもう削除するわけにもいかんし、反省材料にするのみ。
まるでこないだのポータルZネタやわ。
近づき過ぎて壊してしまうのは、もううんざりやわ。
はだしのゲン以外で知ってる核関連の漫画と言えば、「パエトーン / 山岸凉子」「聖なる広場の物語 / 手塚治虫」かな。どれも多くの人に読まれてほしい。
いまなお残るという原爆症の補償をなぜ日本国がせないかんかというと、ただただ敗戦国やから、なんかねえ。本来アメリカがせないかんこっちゃろに。落としたんはアメリカやんか。
イヤな話やが、近隣諸国からの荒唐無稽な言いがかりをなくすには「次の戦争」に勝つしかないんやろう。アメリカに勝てば、原爆の尻拭いもさせれるんやろう。
ほんま、イヤな話やが。
昔は BL100 って色指定してたっけな。トレペに。
言い訳を考えるのは、どうしてこんなに簡単なんやろな。
目的を見つけるのは、げに難しい。
間違いはあっても、正解はない。間違いない。
自己紹介で「玉に瑕」ってのはちょっとなあ、と思った。
さっき、「仕事先」より帰宅。こんな時刻まで「あの場所」におったのは何年ぶりやろう。退職以来やもんな。あ〜、いろいろ、いろいろと感慨深いことだらけ。
ばしっとケリをつけて、かっこええですよ、Tちゃん。
応援してます。
いろいろの片隅でひっそり、ぼー……と。
息をひそめてみたり、はいてみたり、まあ、そんな感じで。
終わりは意識するのに、始まりには気づかんもんなんよの。
悲願達成かな。ようやく制作環境を Mac OS X へ移行できそう。ただ、何年もかかって勧めてきた側とはいえ自分自身も重い作業で使い込んできたわけじゃないから、これからまだまだ大変やろな。
MacBook Pro への買い替え、CS3 へのアップグレード、OS X 10.5 への移行、どれも楽しみやわ。楽しまなな。それにしてもタイミング悩む。
ついさっき手芸センタードリームから、嫁の出品物が銀賞に入賞したと電話があった。よかった。めでたしめでたし。
会場までわざわざ足を運んで票を投じてくださった方々、まことに感謝々々です。ありがとうございます。
徒然草の一節を思い出す。
第十九段
今一きは心もうきたつものは、春の気色にこそあめれ。鳥の声なども、ことの外に春めきて、のどやかなる日影に墻根の草萌えいづる頃より、やや春深く霞みわたりて、花もやうやうけしきだつ程こそあれ、折しも雨風うち続きて、心あわたたしく散り過ぎぬ。青葉になり行くまで、よろづにただ心をのみぞなやます。第百五十五段
春暮れてのち夏になり、夏はてて秋の来るにはあらず。以上、角川文庫の徒然草より引用。
世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし調べるに古今集、在原業平らしい。詠み人のことはすっかり記憶から落ちてた。
なにはづにさくやこの花ふゆごもり いまははるべとさくやこのはな木花咲耶姫(木花佐久夜毘売)で思い出すのは山岸凉子の漫画。あまり風流ではないか。
うちにあるベッツィー、とうとう夏服のまんま冬を越してしもた。

つかれた
こないだのポータルZより、エレベータの開くボタンは、ほぼ左というネタ。
便利な小技ネタなんかもしれんが、悲しいことに、左右の判断が咄嗟にできんのよね。「そこを左!」とか「右のを取って」とか言われても、1〜2秒ぐらい考えて、やっとわかる。
何度か書いたことがあるけど、少し左利きが残ってるせいか、それともただの阿呆なのか、理由はわからん。とにかく、左右がすぐにわからん。
あれが嫌いこれが嫌い、嫌いという言葉を発するやつって嫌い。
あれも好きこれも好きと前向きな発言の多い人物を尊敬する。
前向きに行こうぜや。前を向こうぜや。
いくら寂しい現代人と言われようと、それが不器用な自分にとって最善策な気がするからしかたない。ほどほどが一番。濃いのは疲れる。
日本食研って今治やったんか。愛媛ってことしか知らんかった。まいどポータルZより。しかしすごい工場やなー。まともにテレビ見んようになって5〜6年かな、今どんなコマーシャルやってんのか全く知らんのやが。
商品と関係ないけど、ここの牛のキャラクター(バンコと言うらしい)って、漫画「ナマケモノが見てた」の作風をパクッてるような気がしてならんのよなあ。ほんまに村上たかし作やったりして。
ほんま気軽に赤入れしてくるよね……。
負けるのはイヤやし、たとえ勝っても、負けた方の気分がわかるから、勝つのもイヤ。とにかく勝負事が苦手でしかたない。競わず争わず淡々とぼやーと生きたい。生きさせてくれ。
こんなのを優しい性格とは言わん。弱いだけ。冷たいほどに打ち負かし、相手に己の力を思い知らせてやれるのが、本当に優しい人やろう。
ITmedia オルタナティブ・ブログの中より、「弁当を食べながら歩く女性」という話。
ノリ弁を食べながら歩く女性!? こりゃ酷い。すさまじい。実際に見たら、吹き出してしまうかポカーンと凝視してしまうか、どっちやろ。いや、あまりのことに恐ろしくて目をそらしてしまうかもしれん。
体育会系の兄ちゃんなんぞがガツガツ喰いながら歩いてるのを見かけても「行儀悪いなー」ぐらいで終わるけど、普通の女性がそれをやったらいかんわ。いくら古い頭と言われようと、男は男らしく女は女らしくあってほしいのう(もちろん、男なら歩きながら喰えってわけでもないが)。
電車やバスの中での飲食に関して言えば、旅行のようなハレの場では許せるかな。ケの場、通勤みたいな日常でそれをやったら行儀悪いとされて当然やろなあ。ハレとケのメリハリは大切にしたいもんやのう、日本人やもの。
年に数回しかスーツを着んようなダラダラの日常を送ってる俺が言うても説得力ないか……。ネクタイ結ぶのに、いまだに5分以上かかる。
今日のかご猫、笑うわー、これ絶対ポーズとってるよなあ。
無理して人に合わせるのも、無理して人と違うことするのも同じ。
無理してもわざとらしいだけよ。意地とは違う。
自分探しとか、等身大の自分とか、そんな寝ぼけた言葉とも違うで。
自分はここにおる。
水筒ほしいなーと思って検索してたら、“水筒て本当に安全なの?” ってページに行き当たった。んー、こわくなってきた。腹弱いし。
平べったいボトル登場。あ、ピラミッド型にしたら冷蔵庫要らずのボトルになるんじゃないか!? さっきの水筒も同じく。
ITmedia オルタナティブ・ブログをよく読む。膨大な量なので、全部じゃない。Safari の RSS 機能で、見出しと冒頭でなんとなく気になったものだけ。
でも、なぜか同じ人々のに当たるんよな。これがつまり、相性というか、興味の対象が似てる人々ということなんやろか。あ、それとも、ただ更新頻度が高いだけなんやろか。
心から共感できる文章やわ。いまだに朝型生活には憧れてるんやけどなあ……。
読了。敗戦。
飢えてガリガリのいじめられっ子が逆ギレして素手で闘いを挑むも、肉ばっかり喰ってる巨漢たちに容赦なく殴られ蹴られボコボコにされるさまは、つらくて悲しくて読むのがしんどかった。
戦争なんてイヤにきまってる。怖い。巻き込まれたくないよ。戦争したがってる人間を一網打尽にしてどっかの無人島に押し込めたいわ。そこで勝手にやりあっといて欲しい。子供じみてるけど、本音は本音。
ま、改憲論者=戦争したがってる人、と捉えるのはあまりに短絡的と思うけど。こんなに戦争を嫌がってる俺ですら、憲法は改正しても良かろうと思ってるわけで。
結局、零戦の突出した性能は最後まで光ってたらしい。本当に傑作やったんやな。あまりにも素晴らしかったから、その技術力を恐れた戦勝国アメリカは、日本の飛行機づくりを禁止しましたよ、と。
飛行機づくりだけじゃなく、日本的思想も、か。
零式戦闘機の中で、「海軍からの要望は方向が定まらず変わりまくり、さらにどの案件も最優先で」という部分に、どっかで聞いたことある話やなあと悲しく笑えた。
あ〜阿呆らしい。も〜つかれた。考えるだけ無駄じゃ。良い方向に持っていこうと努力するのが面倒くさくなった。盲従。ハイハイ。あきらめよあきらめよ。
となると、MacBook Pro 購入の必要もなくなるんかな……。
オダギリジョー? 名前は知ってるけど、顔は知らん。
アメリカで30人以上の学生が銃乱射で命を奪われた。むちゃくちゃやなと思ってたら、こんどは晩飯どき長崎市長が狙撃されたというニュースを見た。これを書いてる今、心肺停止とのこと。
あーもう。銃なんぞいらん。
銃の規制に対して「包丁でも車でも人を殺せる」なんて反論するのは屁理屈としか思えん。ちゅうか、包丁も車も本来の用途があるし。銃の本来の用途って何よ。
こんなことを書きつつも、日本はきちんと軍備してほしいと思ってたりするし、ただ恐がりな俺の気持ちはふらふら。
こないだの県議選に続き、ここ岡山市では市議選が始まってるんやが、やっぱりうるさい選挙カー。いったいあれに何の効果があるんやろか。選挙に関わったことがない素人の戯れ言なんかね。
街頭演説はまだ我慢できる。立ち止まって聴く人もおるやろから。しかし、名前を連呼するだけの選挙カーって、うるさく通過するだけで政策も何もわからんし、ただ「コイツにだけは入れたらん」という悪意しか芽生えてこんのやが。
one of them
まいどポータルZなんやけど、この人、素の顔で既に人を笑かす力を持ってるもんな。
本文と関係ないけど、いまだに「しょっぱい」という表現に慣れれん。つい「酸っぱい」を想像してしまう。
ふだん無意識にやってること、たとえば呼吸、まばたき。意識した途端、急に煩わしく感じたりする。ぎこちないものになる。
店の中などで突然すべての行動を意識し始め、混乱することがある。例えば本屋でレジへ本を置いたとき、視線はどこへ投げるべきか、どのタイミングで財布を開けるべきか全然わからんようになって、顔が熱くなり、汗が出て、息苦しくなる。
こんなことをひとつも感じず全て無意識のまま毎日を過ごせたらどんなにか楽しかろうと夢見る。
ようやくエコール(Amazon)を借りて観た。難しかったので途中から考えることをやめ、真っ暗な部屋で、ただ流れる美しい映像に身をまかせて楽しんだ。結末、要するに羽化? あー…… “要する” のは無粋なんかな。芸術々々。
白、水、真俯瞰。残った印象というか、キーワードはその3つ。
パッケージ写真はビアンカではないような気がする。脚、もっと長かったと思う。そういや新体操にビアンカ・パノバっておったな。20年ほど前のこと。懐かし。
忠臣蔵のお話は、吉良から田舎者扱いされた浅野が発端となる。フィクション部分とは言え、江戸時代に「田舎者」という概念があった証拠やろう。
なぜ、そしていつ頃から、「田舎者」が嘲笑されるに至ったんやろか。昔々の都会といえば、朝廷や幕府があり位の高い人が大勢おった場所やろから、そのへんと関係があるんかしら。
高知県の西部、幡多地方の中村市で生まれた俺は、主に高知市で育った。県都の高知市に住んでると、幡多地方の人間が田舎者に見えた。高知を出て本州の岡山に上ってくると、こんどは四国全体が田舎に見えた。岡山は岡山で、岡山市以外が田舎に見える。そして京阪神・首都圏は今でも「憧れの」都会。
誰から教わったわけでもないのに、自分にもしっかり根付いてる「都会の人=あか抜けてる=人として優れている、田舎者=劣ってる=恥ずかしい」という馬鹿馬鹿しい錯覚・精神構造は、どっから生まれたんやろう。我ながら不思議で仕方ない。
石橋を叩いて壊す。
“ネオン街”がなくなる日 松下電工、LEDで看板市場に参入より引用。
LED看板はネオン管の代わりにLEDを敷き詰めることで、ネオン管を折り曲げる職人技を不要にした職人て、必要ないものなんやろうか。効率やコスト重視で、いろんな分野から職人という存在が消し去られようとしてるみたいで、恐ろしい気もする。根拠のない、外野の素人の感傷なんかね。
新たな分野ができれば、そこでまた職人的存在が生まれるんやろう、と楽観的になったほうがええんかしら。
こりゃ凄い。あまりにもひどい。国営かよ。絶句。ディズニーの著作権ガチガチもどうかと思うことがあるけど、これはさすがに厚顔無恥にもほどがある。
この国を好きになれん理由として、やっぱり上海列車事故は外せれん。よう信用せん。アバウトで大らかで細かいことを気にしない、にも限度がある。
昨日は「ヘイフラワーとキルトシュー(Amazon)」の DVD を観た。とにかく可愛らしくて、無意味に楽しくて、ただただ愉快。お母さんの中途半端なシリアスさだけが浮いてる感じやったな。
登場人物の少なさには笑った。予算のほとんどを大道具・小道具にあてたんじゃないかってぐらい、そっちが目に楽しかったわ。色とりどり、ひたすらラブリー。
レンタルじゃなくて1本買ってしまおうかと思うぐらい、好きになってしもた。
今日からかな、Google の検索結果、左右に余白がふえた。見やすい。もしやと思ってニュースを見たら、こっちは相変わらずギチギチ。
いつどこの文献で見かけたかすっかり忘れたけど、写真でも絵でも、右上がりの構図は上昇するという安心を、右下がりは降下するという不安感を与えるものらしい。
でも、数学のグラフなんぞで刷り込まれた後天的なもんかもしれんし、もしかしたら左利きの人は違うって感じるかもしれんし、文字を右から左へ横書きする文化圏でも逆の反応があるんかもしれんし、要するに、人類に普遍の心理かどうかは知らん。
最近この手のタイトル増えてるよなあ。「千円札は拾うな」とか「食い逃げされてもバイトは雇うな」とか、アイキャッチのためとはいえ、どうも子供っぽく感じてしまう。健康関係の書籍でもよく見かけるけど。
で、冒頭のコラムでは
もちろん、失敗体験も大切だ。ただし、失敗から得られるのは成功への道筋ではなく、初心である。初心に帰ることが成功につながり、その成功をバネに人間は成長していく。と書かれてて、それって充分「失敗は成功の母」と呼んでいいものやと思うんやが。失敗し初心に返って成功し、それが繰り返されることで大きな成功へつながる、と。
その前に書かれてる「負け癖がつくのは良くない」って部分にはとても共感できるし、これこそがコラムの主題やと思えるんやけど、ならそれをタイトルにすればええのに、そうしないのは
すべてのモノは、目的の機能を達成するための構造を備えているからで、つまり、このコラムの挑戦的なタイトルはアイキャッチとしての目的をしっかり達成できてると言えるわけかな。俺、タイトルに誘われて読んでしもたし。
相変わらずタモリ語録が冴えてるわ〜。笑ってしまう。ここにはもっとたくさんの名言が列挙されてる。しかしまー
地名というのは土地の記憶なんだから美しいとかいう理由で変えたらダメだよなんていう、とても真面目な発言もあるんよな。
Rose in Tideland を観た。あー、なにこの救いのない疲労感は。人間の暗部をコレクションしたような映画は、おらー苦手じゃ。哲学的やね〜なんて捉える心の余裕が、俺にはない。主人公の女の子がいくら美人でも、マイナスに動いた針を戻しきれんかった。
おとぎ話を期待した俺が阿呆やった。Amazon でエコールと並んでお勧めになってたから借りてみただけなんやが。ラストシーンには、冗談でもやめてくれってリモコンの停止ボタン押したくなったわ。あー、後味わるい……。
はや三分の一が過ぎる。何にも掴めれん。
吉村昭の「戦史の証言者たち(Amazon)」を読んだ。昭和40年〜48年頃に取材した対談テープを起こしたもので、戦艦武蔵の進水担当者や、山本五十六長官機が撃墜されたときの護衛機パイロットなど、生の体験談をいろいろ知ることができる。
あとがきで筆者は「証言者が激減したため、昭和48年頃の『深海の使者』を最後に戦史小説をやめた」と書いてあった。戦後28年の時点で既に減ってしまってたんやな。それから倍以上が経過し、今年で戦後62年。
憲法9条さえ守れば戦争が起きんと信じてる人々が平和ボケなんか、それとも、憲法9条を変えたからって戦争に直結する訳じゃあるまいと楽観視してる俺こそが平和を享受しすぎた阿呆なんか。
にこにこ笑って楽しく過ごしたいとは思ってるよ。争いごとは好きじゃない。痛いのも、痛がらせるのも好きじゃない。
壁に当たるたび
乗り越えず
逃げるばかりしてたら
逃げ足が速くなった
今月号の MAC POWER に、写真家がたくさん載ってた。これに限らず、クリエイターとやらが載ってる雑誌は多い。
しかしまー、成果物には興味があるけど、どんな人なのかなんてどうでもええ。音楽を聴くときと似た態度かもしれんなあ。制作風景なんぞにも興味がない。人それぞれ自分にあった方法でやってるんやろし。
まあ、俺が人間嫌いなだけなんかもしれん。
イラストレーター丹地陽子さんのブログにこんなネタが。犬猫をペットフードで養ってる人には気がかりなニュースやな。おかしな薬品まみれの西方大陸が騒ぎの元か。
むかし実家で飼いよった猫は残飯処理係やったな。
今日もまた消防車が走ってった。ここんとこ連日やな。一昨年の夏いまの場所に引っ越してきた頃も、やたらサイレンを聞いたような気がする。気になる。
亡くなったとのこと。合掌。
連休あと二日。仕事終わらず。最後まで缶詰かしらん。今日はもう寝よ。

ようよう一段落。なんかふらふらする。寝よ。
あー、引きこもりっぱなしで5日目かね。
外へ出たい。陽の光を浴びたい。
明日はたぶん大丈夫。
枯れたようにくすんだ枝々から、優しい黄緑色の若葉が噴出してる様子は、まことに喜ばしい。
ペリーの黒船が来る8年も前に、浦賀沖へアメリカの帆船が来てたらしい。その様子を描いた絵が新見で見つかった、という記事を今朝の山陽新聞で読んだ。いつまで残ってるかわからんけど、記事へのリンク。
開国を迫るもんではなくて、日本人漂流民を乗せてやってきたものらしい。当時の漂流民について並々ならぬ関心を持ってた吉村昭氏に見てもらいたかったな、と強く感じた。
紙面本文には、新見藩が浦賀の警備に駆り出され、そこで藩の絵師が描いたんではないかとも書かれてある。お抱えの絵師という存在があったんやな。緊迫した事態を克明に記録せよという命令でもあったんかしらん。
いま行政は専属カメラマンなんて雇ってるもんなんやろか。担当者がデジカメでパチっと撮影して終わりかな。そういや、軍隊には従軍カメラマンがおったみたいやけど、今の自衛隊にはおるんかな。
時間が流れるものと思いつき例えたのは、どこの国の誰なんやろ。空高くどんどん積み重なっていったりはせんのやろか。もしかしたら大きく膨れ上がってってるもんかもしれんし、実は時間は止まってて、動いてるのは意識だけ、つまり気のせいやったりするんかもしれん。
まあ、生きてるかぎり変化はあるんやが。
めちゃくちゃ時間かかってしもた。疲れ果てた。
意味なんか考えたらいかんいかんいかん。
寝よ……。
まいどイラストレーターの丹地陽子さんのブログから、おそらく愛猫。たまらんなあ。大好きなものを目一杯の愛で描けるという幸せ。描く方も描かれる方も幸せ。
朝までかかって仕上げたデータが不要になった。
よくあること……でもないけど、しかたのないことではある。
一生懸命と、ムキになるのは、だいぶ違うよなあ。
急ぐのと焦るのが違うようなもんかのう。
終わりよければすべてヨシ、なんかもしれんが。
敗戦の日の玉音放送を聞いたあと沖縄へ特攻したという宇垣纏中将をなんとなくウィキペディアで見て驚いた。なんとまあ、瀬戸町の人やったとは。
ざーっと読んだところ、プラスの評価やマイナスの評価いろいろある。当然やわな。善の面しかないような人間はおらんだろし。もしそんな人がおったら、却って怖くて近づきがたい。信用しがたい。
確かにこれは視線を浴びると思うけど、ヒーローとはちょっとちゃうような……。骨24本て、多すぎんか。番傘みたいやわ。
吉村昭の「事物はじまりの物語(Amazon)」によると、洋傘=蝙蝠傘は幕末頃から使われ始め、明治14年の新聞には「日本では洋傘がすっかり主流になり、和傘は英国や清国等でファション小物として使われる輸出品となっている」旨の記事が出てたらしい。
わずか二十年ほどで、日本人は和傘を捨て去ってしもたんやな。ついでに、同書には、番傘という名前の由来は商家などに常備された和傘に壹・貳・參……と番号が振られてたから、とあった。
ぜんぜん関係ないけど、岡山には日笠という名字が多いような気がする。このページには濁音で載ってるけど、知り合いは濁らず「ひかさ」君やったな。
ちなみに、傘はさすやつで、笠はかぶる(菅笠みたいな)ものらしい。
日米安保を解消して米軍にお立ち退きいただき、さらには自衛隊を解散し、その上で憲法第9条を堅持し、何年のあいだ日本が侵略されずにすむか、試してみたい気はするんよね。
日本の外交力が、人間の性善説が、いったいどこまで通用するのか知りたい。それを見極めたとき、日本がどっかの植民地にされてなけりゃええんやが。
あ、第9条を守りたい人々は、別に日本が植民地になってもいいじゃないか、というスタンスなんかしらん。やとしたら話の噛み合うはずがないな。
第9条をパソコンで言えば、アンチウィルスソフトも入れんしパスワードロックもかけんという状態か? んー、そらちょっと無理があるか。
自分のパソコンへ侵入されないようにするため、その侵入方法の技術を学ぶとする。でもそんな技術を知ったら誰かのパソコンへ侵入したくなる気持ちを誘発するから、やっぱり学んじゃダメ、って感じかね。
わけわからんなってきた。
毎度かご猫のシロちゃん、アレ、乗せてるだけやなかったんか!
そのまま寝てるし!
無駄か。
無駄ねえ。
そうなんかもしれん。
しゃあない。
有名なんかな、「ひろぶろ」ってサイトより、僕が転んで泣いてるよ!
可愛い。笑える。そして本人の立場やった遠い遠い昔を思い返すと、その気持ち、とってもわかるよ……。
オールアバウトより、「見て盗め!」じゃ部下は育たない!?
おらー古い日本人タイプなんやろな。会社員時代、教えるのが苦手なので、勝手に覚えろというスタンスやった。聞かれりゃーわかる範囲で答えるけど、こっちから積極的に教えるなんて苦手で苦手で。
そういやドラムも、よく「教えて」なんて言われるけど、俺自身も独学やし、なにをどうやって教えてええやらわからん。少し叩いてもらえば、その人がドラム上手になるかどうかぐらいの予想はできるけど。
ちゅうかね、
なんとか早く一人前になりたい一心で、必死で技を盗み、身体で覚えていったのです。結局、その気持ちが前提よね。それがなけりゃ、どんな職種でどんなに先輩が頑張って教えても無駄な気がするんやが。暖簾に腕押し。砂上の楼閣。
マニュアル化は、無駄とは言わんけど、あくまでも本人のやる気を加速してあげる触媒のような存在、かなあ。
松本人志の「エ、エビアン汲んで来て……」を思い出した。
あ〜北海道やっぱりまた行きたい。特に道東と道北。セイコーマートにホーマックにホクレン。やたら広い車道と歩道。天塩で入った強烈なアンモニア臭の温泉。ペンギンみたいなオロロン鳥、の看板。それからロイズのチョコ!
あ、おらーバターが苦手なので六花亭のアレだけは勘弁。
どうにもこうにも掴めんなあ……。
……。
……。
嗚呼。
緊張というか、均衡というか、そういうものがプツッと切れる、そんな予感がして、予感ではなくなって、どうなるんやろう、と不安に思うことすら、すべての渦で透明に均質にされてしまい、つまり混沌。
というかどうでもええ。
音でも色でも現象でも、概してシャープではなくマイルドなものを好むようになってきたのは、つまり、これが歳とると丸くなるというやつなんやろか。
昨日はオイル交換のあと駅前の美容院で髪を切ってもらった。そんときの往来に撮ったもの。
対面のビルから西日を反射されてて面白い。

三ヶ月も前に知って以来なかなか読めてなかった「祖父の硫黄島戦闘体験記」を、こないだようやく読み終えた。嗚呼よくまあこれほど奇跡が続いて生き残れたもんやなと感心するほかない。
最終ページには、帰国後治療のため岡山の国立病院へ送られ、その裏山に登ってみたという記述がある。裏山……? 昭和21年当時、どこにあったんやろうと調べると、伊福町らしい。となると、京山か。
汽車で高知へ帰り、朝倉駅から兵舎へ行ったとある。これは今の高知大学やな。風景がなんとなく目に浮かぶ。しかしまあ朝倉のあんなとこにも米軍が進駐してきちょったとは。
中村の、どこの御方なんやろう。昭和19年の2月末に善通寺から出征したらしいから、俺の祖父とは、すれ違いもしてないんかな。
祖父は昭和20年の、確か今ごろの季節、ルソン島で戦死したらしい。墓碑にそう刻まれてある。遺骨はない。
昼過ぎに外を歩いてると、細道から大通りへ合流待ちしてる車が視界に入り、妙に胸騒ぎがした直後、通過する自転車にガツンとぶつかった。接触した程度で怪我はなかったみたいやが、目撃するのはいい気分じゃない。
夕方、外が暗いのに照ってて、部屋の中も変な明るさ具合になって「雷落ちるんちゃうか」と思ったら、その数分後に、パシッと光ったとたん凄まじい音が。落ちたみたい。遠雷すら聞こえてなかったから、ほんまに驚いた。パソコンが無事でよかった。その後、雨が強く降りだした。
今日は睡眠不足がひどいんやが、そのせいで無意識下の妙な予知能力が開花したんかしらん。しかし嬉しくない予感ばっかり的中しても、ひとっつも嬉しくない。商売にもならん。
夜は会議残業の嫁を迎えに出た。

まいどポータルZより、子どものように走り回りたいというネタ。よ〜〜〜くわかるわこれ。こないだこちらにも書き込ませてもろたけど、ほんま子供ってうらやましい。
しかしおらー年齢も見た目もすっかりおっさんやが、実のところ、大人という自覚はない。が、大声でギャハギャハ笑いながら走り回ってたらキチガイ扱いされるという客観的判断ぐらいはできてしまうので、行動が抑制され、ジレンマに陥る。
人間、子供を育てたら初めて大人になれるんやろうなって気がしてるわ。いったいいつ大人になれるんやらね。知ったこっちゃない。
関係ないけど、子供をいちいち「子ども」と表記する動きには抵抗を感じる。冒頭リンク先の人が意図してるんかどうかは知らん。ニフティという団体所属のサイトだけに、言葉の自主規制があるんかもしれん。
真実、truth という言葉を好きになれん。
水面に渦があらわれ、やがて消えました。
鳥は「あの渦は右回りでしたよ、真実です」と言いました。
魚は「あの渦は左回りでしたよ、真実です」と言いました。
事実、facts だけを知りたい。
この世に酢と塩と重曹がなかったら、お婆ちゃんの知恵袋はスカスカになりそうやな。
笑うなあ、もう。
緊迫感・疾走感ゼロのジャンプ、このコらしくてぴったりやわ〜。飼い主さんも見せ所をしっかり把握してるよなあ。いつも本当に和ましてくれる。ありがとうございます。
列強という言葉・思想が当たり前やった当時、現地人を最下層の労働力にとどめて搾取するというのが、他国を長く植民地化し続けてきた欧米のやり方で、これに対して、現地人に広く教育を施して生産力の底上げをはかるのが日本流やったらしい。
ま、現地人から見れば目糞鼻糞なんかもしれん。
偽善者か。
本当を隠す、か。
でも、見えてる部分が、他者にとっては本当なんやろう、実際。
偽善者め。
江守徹の顔って、女優らの倍ぐらいある……。
単なる盗用よなあ。国民性とか民族性ちゅうやつをあんまり鵜呑みにしたくないのに、何度もいろんな事例を見せつけられると、やっぱりあるんかもねえと思ってしまう。
ほんまはアメリカ型自由民主主義経済もパクりたくてしかたないんじゃなかろうか。
誰も助けちゃくれん。みんなひとり。
いろいろ疲れた。
いろいろ、もう考えて考えて疲れたわ。
あー。
存在が。
スパイラル、メビウス、クライン。
ループから脱することができるぶん、スパイラルが一番楽かもなあ。
たとえ墜ちるにしても。
知らんわそんなもん!
あれが嫌いこれが苦手と避けまくったり、これ好きどれも好みと手にしまくったり、なんでこう、中間でどーんと構えておれんのかのう。
死ぬまでこんな落ち着かんガキっぽい心理なんやろか。情けなくて涙でらあ。
遠い世界へ、違う世界へ、どうやったら到達できるか。
助けなんぞない。甘えるほうが間違ってる。
自分で、独力で行くしかないんよの。
もがくしかないんよの。
うらむな、うらやむな、まえむけ。
談合の、なにがいかんのやろう。
護送船団方式の、なにがいかんのやろう。
欧米流は全て優れてるんやろうか。
欧米か、とかいうギャグがあるらしい。
いろんな境遇の、いろんな人が、いろんな考え方で、いろんな道を、捜し、見つけてる人もおれば、見つけてない人もおり、見つけてないような気がしてるだけかもしれんし、見つけてるような気がしてるだけかもしれんし、結局、なんにもわからんなあと。
今の仕事が自分に向いてるかもなあと思ったのは、就職活動の最中やった。
15年目に入った。
ええ加減そろそろ気づかないかんよなあ。
トロいにもほどがあるで。
トカゲが尻尾を切るように、嵐に巻き込まれた舟が荷を放棄するように、進退窮まったらどんどん切り捨てて起死回生の策を講じる必要があるはずなんよな。優柔不断にあれもこれも保持したままでは沈んでしまう。
要らん過去は切り捨てて、将来が入る余地を作る必要がある。
ネクタイの存在意義がわからん。あれほど無用なもんはなかろう。なんの機能もない。締めるときついし、緩めるとだらしない。邪魔なだけ。
首の下にアクセントとしてどうしても必要っていうんなら、ワイシャツにネクタイっぽい柄をプリントしとけばええ。笑かそうとしてるんやなくて、大真面目にそう思う。
ウィキペディアを見たら、ジョン万次郎が日本で最初にネクタイをした人物やないかと書かれてた。おまさんが持って帰ったがかよ……。
いらないものが多すぎる〜
いらないものが多すぎる〜、か。
その通り。
あんな若いときにそんな大事なことに気づいてたヒロトは賢いなあ。こんな歳になってもまだいろんなものを抱えすぎてる俺の阿呆なこと。
阿呆な庶民の俺には、1千万円も1億円も同じに思える。たくさん、て感じ。実感できん。見たことない。
マイナー志向とか少数派なんてのも、それと同様。少数派が1千万人で、対する多数派が1億人としても、1千万人おったら充分多いわ。たとえ1万人でも多い。ぜんぜん少数じゃないやん、と。
俺ってマイナー志向でさー、ひねくれ者でさー、あまのじゃくでさー、などと誇れる人の、なんと素直なことかと感心してしまう。
えっ、石立鉄男が。絶句。合掌。
寂しいなあ……。
ブログで悲観的・批判的なことを書くことが多いせいか、賢い人やねと勘違いされたことがある。いろいろ考えてる風に映ったんやろう。
違う。
賢いってのは、とにかく明るく前向きに楽観的に、毎日を楽しく暮らす術を身につけてる人のことを言う。人生に、生きてることに意義とか意味とかないんやから、悲観的になったって、ええことなんかこれっぽっちもない。
楽しく生きな損。わかってるのに、できん。やから阿呆なんよ。
それにつけても、思うのはマスコミの皮相的な波状攻撃である。とりわけテレビと週刊誌は、このところほとんど末梢的ですらある。憲法問題、アジア外交、少子高齢化対策、中央と地方の関係…。真正面から取り上げるべき骨太の問題がたくさんあるのに、揚げ足取りに似た問題を追って狂奔する。ほぼ同感。ほんとーにそう感じるわ。マスコミも政治家も、妙にスケールが小さい。揚げ足取りすぎ、重箱の隅つつきすぎ、政治の本題がいっこうに進まんやんけ。
四六時中ガサガサになるまで手を洗ってないと落ち着かんていう潔癖性の患者みたい。
向き不向きより前向き、という言葉を見かけた。
賢い人もおるもんやなあと、やりこい気持ちになったわ。
まいどポータルZより「衝撃の廃墟/旧長崎刑務所を訪ねる」というネタ。たまらんなーこれ。ケンちゃん、ここ見て来てほしいわー。でももう6月。既に取り壊し始まってるんかな。
廃墟は昔から好きやったけど、そういう嗜好が自分だけやないんやなと知ったのは、確か2000年の夏頃。常時接続になった環境で嬉しくネットをだらだら徘徊してたときに、廃墟マニアのページに行き当たった。
来る来る、波が。
くるくるぱー、じゃ。
つかれた。
とても、つかれた。
まいどポータルZより、アイボン装置というネタ。オチに笑うてしもた。しかしまー、ここのライター陣はほんまに工作とか料理とか、尊敬するわ、その行動力。
人間、どうせ死ぬるんやから、なんか生産せないかんよなあ。消費したり溜め込んだりで、なにも生み出さん日々の続く俺は反省しきり。
見つけて、燃えて、消えて、また見つけて、渡って、離れて、また消えて、疲れて、ねむる。
一昨日、嫁の実家の庭で。

今日は早く寝よ。ぜったい。
昨日は早く寝るぞなんて書いときながら、つい吉村昭の「遠い日の戦争(Amazon)」を読み出してしまい、結局明け方まで起きてしもた。内容のせいか、かなり物語風に描かれてるけど、実話に基づくものらしい。
印象に残った文章を少し引用。
中小都市への焼夷攻撃に加えて、市民の殺傷のみを目的に新型爆弾まで投下したアメリカ軍の行為は、理解の範囲を越えたものであった。その後、伝えられる新型爆弾による広島市の被害状況に、琢也は、アメリカ軍がすでに日本人を人間の集団として認めていないことを感じた。建築物はすべて消滅し、市民の大半は瞬間的に飛散し焼死したという。それは、野鼠の群を一時に焼殺する駆除方法にも等しいものに思えた。有色人種を意図的に蔑んでるわけじゃなくて、それ以前に、無意識に、そもそも人間と思ってない白人が多かった、という内容の文が載ってた「アーロン収容所(Amazon
裁判の本質は、法律の忠実な履行によって成立するもので、判決は厳正な最終結果であるはずだが、戦争犯罪裁判は国際情勢に著しい影響をうけ、その折々の判決にも軽重の差が余りにも大きく、しかも決定した刑も短期間のうちに減刑されている。それは、戦争犯罪裁判に、その基礎となるべき法律というものが存在せず、裁く者たちの気ままな意思によって判決が下されたことをしめしている。俘虜を斬首した主人公「清原琢也」は終身刑の判決を受け、のちに有期刑に減らされた。東京裁判が始まった頃は俘虜を平手打ちしただけで絞首刑になった者もおったのに、朝鮮戦争が始まり、日本を敵扱いするより友好国にしといたほうがアメリカに都合がよいとなると、急に刑罰が軽くなったらしい。
むちゃくちゃや。
The sound of the closing door seems to get closer and closer.
まいど丹地陽子さんのブログより、こないだのイラスト。トンネル状に掘り食べて満腹になってるようすを見てみたいわあ……。
慣れは最大の味方、そして最強の敵。
タイガーのかき氷機「きょろちゃん」を見ると、堀北真希を思い出す。
民主党の漫画、面白いんやけど——いや、大増税は笑い事やないが——、民主党はコレコレこういたしますよ、というところまで描かんと、これじゃ、そこらの一般人の単なる愚痴なんやが。
続きに期待しよか。
ぜんぜん知らんかった。ペットボトルの始まりがキッコーマンの醤油やったってことも知らんかった。
暑くなるかな。
午後から曇りマークか。
米子へ先に行ってから出雲へ泊まる予定。
あー、ねむ。
一回でバシッと決めるのがプロと言う人もおれば、何度も密に作り込んで行くのがプロと言う人もある。人それぞれのやり方・信条があるだけのことなんやろう。
こりゃ薄い。これこそソニーじゃ。ソニーほんと頑張ってほしい。大好きなので、右往左往してる姿は見たくない。
出雲大社の巨大な日の丸と、これ、どっちがデカいんやろう。やっぱアメリカの勝ちかな。
お、お願いやから、ウソと言うてください……。これは衝撃じゃ。うちでは蚊取り線香やらアロマキャンドルやらで日常用品なんやが。
しかしまー自分自身がこの場面に遭遇したら、説明すらできず固まってしまいそう。この先こういうジェネレーションギャップちゅうやつを体験することが増える一方なんやろか。黒電話とか、蚊帳とか、下手したら畳もか。
閑話。うちは和室がない。畳の管理が面倒くさそうで作らんかったんやけど、今になって後悔してるわ。ゴロンとなれる環境がないのはつらい。日本人にゃ、やっぱ和室要る。ほしい。
軽率な振りをする、本当に軽率な人。
子供部屋にテレビは要らんと思う。本文と関係ないけど、この記事は「子供」という表現を避けてるなあ。自主規制か。
超整理法を信奉したい。
過ぎたものをどんどん捨て去る。捨てる捨てる。
山口県光市の母子殺害事件に関する裁判の経緯は、最悪な意味で、歴史に残るものになってってる。犯人と弁護団、もうキチガイ集団にしか見えん。理解できん。
人を何人も殺した奴と、死刑廃止論にとても賛同できん俺と、どっちがどれぐらい野蛮人なんやろう。
連載当初から漫画本でのドラえもんへ馴染みが深いせいか、ジャイアンが善良やなんてあんまり思わん。映画ではそういう役回りになるけど、映画は映画、別物。俺ら世代、三十路後半組はそういうの多いんじゃなかろか。
ついでに、アニメもほとんど見てないから、「しずかちゃん」て表現には少し違和感がある。漫画本では「しずちゃん」やし。いまどきは「しずちゃん」て言うと、あの彼女を指すらしい。まあ、しゃあないか。
久間防衛相が辞任へ。政治家は、とにもかくにも発言に気をつけないかんのやろう。辞任は、それこそしゃあないとしか言いようがない。
俺は原爆もアメリカも許せんが、やからというて今のアメリカに謝罪せえとかやいやい言い続けてもしゃあないと思う。そもそも敗戦国にそんな権利ないんかもしれんし。
それにしても腹立つやら笑えるやらなのは、毎度々々の野党の面々。餅投げの餅へ飛びつくおばちゃん達のような、飢えた鯉が撒き餌に群がるような、あの凄まじい集団ヒステリーぶり。
怒りに震えるようすを演じてるけど、あれ、実際は嬉々としてるよね。これが楽しくて野党やってるのよ、やっぱ野党最高! って思てるはず。
やられた側の日本の政治家が諦めとともに哀しくつぶやくなら、まだええ。しかしこれを加害者のアメリカ人が言うたらいかんやろが。コントなら「お前が言うな」ってスリッパで頭しばかれてるシーンやわ。
参戦するソ連に対して「ウチは核兵器完成したよ」って誇示したかったアメリカ。ウラニウム型プルトニウム型、両方を「動物実験」したかったアメリカ。
他人と自分を比較して優越感に浸ったり劣等感に苛まれたり、誰に教わるでもなく、こういう行動をとるようになるのは、人間の本能なんやろか。本能やとすると、必要やから備わった習性なんやろけど、いったいどういう場面で役に立つんやろか。
社保庁にも真面目にやってる人はおるのに、不真面目な輩のせいで全て不届き者と思われる災難。真面目な官僚・公務員・会社員等々、どの組織も同じ。正直者が馬鹿を見る世の中に、終わりはないんかの。
たとえば 33333333……、延々続く数字に思えて、実は100万桁目から急に秩序のない数字が並び始めるかもしれん。逆に、たとえば 25640978……、無秩序に見えて、実は100万桁目を境にループし始めるんかもしれん。
人生の波も、そういうもんなんかね。ループが終わる前に or ループが始まる前に寿命が来たら、それに気づかんかったね、というだけで。
美大芸大とは無関係の学部を卒業し、この業界で働いて15年ほど経つけど、自分をデザイナーやとかクリエイターやとか思ったことはない。単なるオペレーター。今は特にそうやな。
Mac や Windows そしてインターネットが隆盛し、関連書籍もどんどん出版され、この7〜8年でデザイナー・クリエイターさんが驚くほど増えた。
中には絶句させられるレベルの人もおって、半ば呆れつつ、しかし尊敬もする。太い神経を少しは見習わないかん。勉強、修練せないかん。
眠れん。
なながつとおか、か。
710。
なんと大きな平城京。
奈良、行きたいなあ。
東大寺、興福寺、国立博物館……。
も少し足を伸ばして伊勢へも行ってみたいわ。
お伊勢参りもやが、赤福食べたくなってきた。
夏場は通販してないみたいやから。
そういや、
岡山駅にあるという桃福、まだ喰ったことないな。
そろそろ寝る努力をしてみようか。
こないだからボツボツ読書中の「国の壊れる音を聴け / 古森義久」という本。Amazon でも楽天ブックスでも入手可。

半ばまで読んだところで、印象に残ってるところ。
日本の防衛を真剣に考える側には、「タカ派」だとか「右翼」だとか、場合によっては「軍国主義者」というレッテルが貼られる。国家の国家としての要件を国際的な現実や常識を基準にして論じることにさえ、「超国家主義」とか「戦前への危険な復帰」というような悪魔化の呼称が与えられるのだ。なにが悲しいって、「国家の国家としての要件」や「国際的な現実や常識」の定義が、いわゆる右と左の人らでは全く違うんやろなぁという点。やから、話の噛み合うはずがない。どちらも国を良くしたいと思ってるのは確かなんやろに。なんらかの利益があって、明確に売国したい人らは別として。
地球上から兵器という兵器が消えてなくなってくれれば、どんなに嬉しいことやろう。「わるいひと」が1人もおらんようになれば「わるいこと」は起きんし、家や車や自転車に鍵をつけて財産や身の安全を守る必要もない。警察や警備保障の人らは職を探さないかんようになるが。
著者のコラムを見つけた。
日本を誇りに思うし、これからも思わせてほしい。
ついこないだと逆やな。
眠くてしゃあなかったが、眠るわけにいかんかった。
で、やっと寝れる……。
ポータルZで読んだスリ・ジャヤワルダナプラ・コッテにある国会議事堂のようすがとても気になったので、Google マップで探したところ、どうもこれらしい。
検索すると、別アングルからの写真があった。日本が深く関わった建物とのこと。へえ。
芸術は苦手じゃ。
カッコつけるのは苦手じゃ。
難しいことは苦手じゃ。
でも阿呆にもなりきれん、中途半端な奴じゃ。
……ちゃらんぽらんて、どうなったんかな。
改憲支持=戦争肯定派という反応も、あの戦争には評価すべき側面もあった=戦争賛美派という反応も、それ極端やな〜としか言いようがない。戦争なんか起きてほしくないわい。
狭い敷地の我が家と道路のあいだには塀も何もなく、この時間帯になると、ご機嫌な鼻唄とともに通過する自転車はわりと多い。
自転車こいでると風切り音で自分の世界に入りやすいから、唄声が漏れ聞こえてるなんて思ってもないんやろなあ。ちょっと笑える。
新潟・長野の地震で、柏崎という原発から放射能を含んだ水が漏れたとのこと。
原発。本当に、こんな危ないもんを御せるわけがないんよ。頼むから全部やめてください。ここで書いたところで何の影響もないのはわかってるんやが、書かずにおれん。怖い、ただただ怖い。
危ない国が近くにおるから、それへの備えはしてほしい。我ながら首尾一貫してないと思うけど、これはこれで阿呆で小心者な小市民の本音です。
根はひとつ、ひたすら怖いのよ。岡山弁でからかわれたことあるけど、「おんびんたれ」なのよ。
まいど和ませてくれる、かご猫。シロちゃんの後ろ脚って、どうなってるんやろう……?
酒井駒子の表紙に惹かれ、雑誌「母の友」を買い続けて何ヶ月も経つ。毎号すべてを熟読してる訳じゃないけど、今月号の「憲法のちから」という特集は読んでみた。有事法制について書かれた部分から、ひとつ引用してみる。
有事法制では法律の名前やその「目的」という条項の中で、「国及び国民の安全の確保」「国民の保護」という言葉を使っています。しかし肝心の条文を見ていけば、そこで守られるのは、決して私たち国民のひとりひとりではなく、「国」「国民」という言葉でひとくくりにされる概念のようなものだということがわかります。自衛隊の幹部も、かつて「自衛隊が守る『国』とは、決して個々の国民を意味しない」と述べていました。同じページには「有事法制シミュレーション」という漫画があって、どれもみごとに「国家に不自由を強いられる国民」という図式ばかりなんよね。国民にとってメリットひとつもなし、という描かれ方。
なんでこう必ず「国家=悪いことをするもの」という前提になってしまうんかしらん。そんなに信用できんのかな……と悲しくもなってくる。彼らをしてそこまで不信の塊にせしめたのは何なのか、調べたくもなってくる。
公僕であることを忘れてる、事なかれ主義の公務員もおるやろし、私腹を肥やすのに懸命な議員センセイなんてのも、きっとおるやろう。が、そうでない人々もおると信じてるから、おらーそこへ賭けたいんやけどのう。
とかく「平和を唱えてれば戦争が起きない」と考えてる人らを理想論者と笑うけど、「お上を信用したい」という俺のほうが、はるかに馬鹿げた、世間知らずの理想主義者なんかもしれん。
信用できる人らを選ばないかんという義務、選べる権利が、こっちにはある。米露支韓朝、これらの国々に毅然とした態度をとれる人たちを選びたいもんやが。
直前のエントリーとまるで逆の内容になりそうやけど、「「PSEで失ったもの、戻らない」――国のミスに振り回された中古店」というコラムがあった。
いったい、お役所の人らは、何を見、何を調べて、こういうことをやろうと思ったんだろか。謝ってすむなら警察は要らんて言うセリフが、これほどぴったりくる場面もないな。人殺しは刑事事件やが、店殺しは何の罪にも問われんのかのう。
毎年のことやが、家でも車でも、できるだけエアコンは使わんようにしてる。電気代や燃費を気にしてるわけじゃない。金銭にルーズなので、そんなことにゃ気が回らん。
環境問題が気になるからなんていう高尚な理由でもない。ただ、冷たく乾いた風が、体にええような気がせんから、というだけ。要するに、なんとなく好きじゃないから。
汗でベタベタしてどうしようもなく仕事に差し支えたりとか、高速道路で窓を開けれんとか、やむを得んときだけエアコンに手を伸ばす。
しかしまー、地球上からエアコンなくなってもかまわんので、原発もなくしてかまわんですわ。テレビも要らんな。あ、パソコンとネットは残しといて……。
霊魂が見える人て、何時代ぐらいからのを認識できるんやろか。不憫な死に方をして、この世にまだ念が残ってる恐竜の霊とか、見えたりするんやろか。
六ヶ所村の施設ってどんなとこにあるんかと調べたら、下北半島の細いとこなんやな。すぐ隣には馬鹿でかい国家石油備蓄基地なんてものもある。
ここに何かあったら大惨事やし、よほど厳重に警備されてることやろう。このあたりを “日焼け止めです” って深い帽子にサングラスにマスクして歩いてたら、尋問されそうやな。そもそも、うろうろ歩いてるだけで不審か。
書棚の整理をしてて、去年買って途中で放置してた「パール判事の日本無罪論 / 田中正明(Amazon・楽天ブックス)」を見つけ、また読み始めたところ。
まだ半分ほどしか読めてないけど、あらためて、「戦争犯罪人」が無理やり作り上げられたものであることを知り、腹が立ち、哀れで泣けてくる。
列強がこぞってアジア諸国を侵食し——「今の基準で言えば」もちろん悪いが——、それを互いに黙認しあってた時代に戦争が起き、終わり、同じようなことをしてた国々は自身を罪に問わず、負けた日本だけが、しかも「戦争後に作った規則」で、裁かれる。
こんな阿呆な。無茶苦茶にもほどがある。戦争にまったく関わってなかった第三者の国が、双方の罪をそれぞれ問う、というのが筋やないんか。
あ……、双方を裁いた、そういう公平な裁判があったんなら、是非知りたい。
無差別爆撃と2個の原爆で民間人を殺しまくったアメリカ。不可侵条約をいきなり破棄して攻め入り未だに北方領土を占拠したままのソ連・ロシア。
バンド趣味も、写真趣味も、
いや、それに限らず、あらゆることが、
なんつーか、ノッキング気味。
シフトダウンせえってことか。
シフトレバーが見つからんのよ。
どこへ置いたんやら。
比例区って、党名でしか投票できんもんやと思い込んでた。
暗くて、後ろ向きで、マイナス感情が渦巻いてて、愚痴っぽくて、助けを求め甘えてて、そういう文章を敢えて探し求めてる層ってのはあるんかしらん。
楽しくてプラス思考でひたすら能天気なブログは、当たり前やが、読後に黒い気持ちが残らん。目指したいと思いつつ、なかなか難しいんよのう。
まあ、できるだけ前向きに。as possible as I can というやつ。
どうにもならんときも、そらまー、あらーね。
しつこいけど、原発とか原子力エネルギーとか、要らん。もちろん核兵器やって根絶されてほしいよ。原子力をどうこうしようってのは、どーもバベルの塔って気がしてならん。
バベルの塔が崩れて人々は共通の言語を失ったらしいけど、今回バベルの塔が崩れたら、すべてを失うんじゃないかのう。 祈る。
昨日の昼過ぎ、倉敷から戻ってきてすぐに投票へ行った。暑い暑い時間帯やったせいか、小学校の校庭も体育館もガラガラ。最終的に我が地区の投票率はどれぐらいやったんやろな。
夜。結果は予想通りといえば予想通り。俺自身、その予想通りに加担した1人でもある。今回の岡山県選挙区においては、刷新されてほしかった。比例区は、素直に託したい党へ入れた。
昨晩は開票速報を途中でやめ、借りてた「かもめ食堂」を観た。全てにおいて “いかにもお芝居くさい” のが意図的なんかどうか、映画に疎い俺には判断しかねるけど、抑揚のない進行は面白かった。あの世界に、だらだら、あのままもっと滞在させてほしいと思わせてくれる。
あ、空港と食堂の、もたい登場シーンには爆笑してしもた。立ち尽くしてるだけで笑かしてくれるなんて、すげえ破壊力よなあ。
おにぎりとお茶、シナモンロールとコーヒー、たまらんね。舞台がスウェーデンやったら、シュールストレミングが登場してたんやろか。
資本主義も共産主義も、お金が富裕層に集中するっていう図式はまったく一緒に思える。富裕層の絶対数が違うだけかいな?
必要ないのじゃ。
要らんのじゃ。
要らんというたら要らんのじゃ。
要らんもんが多すぎるのじゃ。
あー……、
東京って、都会って、ええな〜〜〜、と少しだけ思った。
徹底したエコロジストじゃないし、電気のない生活に戻る自信はない。
が、やっぱり原発だけは要らん。
現場作業員の日常的な被曝を考えると、かわいそすぎる。
なにか起きたときの被害を考えると、こわすぎる。
資源のない日本が
エネルギー問題を他国に左右されんようにするため
という理由もわからんじゃないけど、やっぱり要らん。
軍事転用を阻止したいという左の人らもおるんかもしれんが、
おらーそんな理由云々以前に、怖いから要らんのです。
内田百閒じゃないけど、イヤダカライヤ、こわいからこわいのよ……。
戦争を終結させるために必要だったと言い張るなら、
朝鮮でもベトナムでもイラクでもアフガンでも
同じ方法で、いつでもすぐ終わらせれたはずやんか。
やっぱり、戦争を終結させるために必要なんて嘘やんか。
夕凪の街、皆実の「嬉しい?」というセリフがつきささる。
うーん、単なる流行じゃなくて、昔から普通に存在してると思うんやが。
いかんなあ。
なんかもう、ぷっつり切れてしもてるなあ……。
無理やりつないでるのが、わかる。
来年、3年後、5年後、
どうなんよ。どうなってるのよ。どうしたいのよ。
壊すんじゃなかったっけ?
出たばかりの Serial Barcode Ver.3 を、昨日の夕方 Multi-bits へ発注。ショップの商品一覧には未掲載やが、発売元のベビーユニバースに手配をしてくれて、そこから直送された商品が、ついさっき届いた。あまりに速いので本当に驚く。ありがたい。
商品とは何の関係もないが、インストールを終えてなんとなくネットのニュースを見ると、神奈川の藤沢市鵠沼というところの海岸で中学生2人が流されたという事故の記事を見かけた。
ふと手元のパッケージを見ると、株式会社ベビーユニバース、神奈川県藤沢市鵠沼石上……とある。奇妙なシンクロニシティに、ちょっと寒気が。
中学生、無事であることを祈ります。
たしか今から十年以上前、“マルチメディア” がもてはやされ始めた頃、動画に文字を重ねることで訴求力・理解力を高めることができる、と言われてたのは覚えてる。
昨日ひさしぶりに見た民放バラエティ番組では、画面の三分の一を占めるほどの大きな文字が、くどい強調処理をなされて、延々と出演者の発言をなぞってた。
どの項目をいちばん目立たせたいですかという問いに、真顔で「ぜんぶ」って答えてくれたクライアントさんたちを思い出す。
真っ赤な景色の中で赤い服を着て大声で勝負しようとする姿勢には、尊敬を感じんこともない。白い服を着りゃ黙ってても目を引くんやが、なかなか勇気のいることらしい。
ともあれ、この手の民放番組には字幕オフ機能が欲しいなと思った。
まあ、もう見んからどうでもええか……。
昼寝もしてないのに
夜中に眠れんのは
どういうわけだ

水木しげるの実体験を描いた漫画「総員玉砕せよ!」が映像化され、この日曜日に NHK で放映されるらしい。これは是非見てみないかんな。録画せないかんか。
昨晩テレビをつけると「被爆者 空白の十年」というのが放送されてたので、途中からやけど、見た。全国放送じゃなくて、NHK 広島が作った中国向け番組らしい。
救護所がわずか2ヶ月間で閉鎖されてたことも、昭和30年まで国の援助がなかったことも、まったく知らんかった。やられ損という言葉しか浮かばん。いったい、彼ら民間人に、なんの過失があったんかと。
ルーズベルト大統領は日本人嫌いやったらしい。人体実験とすら思ってなかったんじゃないか。本気で「黄色い猿」としか。
私は嘘つきです。
というのは、嘘です。
いや、本当に嘘です。
本当は、嘘です。
真似は楽。
禁止事項じゃないけど、モラルかな。
恥の意識とも言える。
そこが人か猿かの違い、か。
毎月々々ダメ出しされるストレス。
まあ、毎日々々に比べりゃ遥かに楽と思わないかんのか。
起きたら昼前やった。
思い出してみれば、広島には何度か行ったけど、どれも日帰りやったな。長崎には1度しか行ったことがないけど、泊まった。爆心地公園のすぐそばに。
原爆と原発は違うらしいけど、屁理屈としか思えん。なにか起きたあと無茶くちゃ長いあいだ影響が残るのは同じじゃないのかね。原発推進派から見れば、これも屁理屈なんかもなあ。平行線か。
国の守りとして軍隊は必要やと思うけど、核兵器にだけはどうにもこうにも拒否反応があるんよね。獣が火を怖がるのと似てるんかもしれん。キバやツメは使いこなせても、火は。
この人やばいのカットに笑てしもた。
生きるというのはつまり人と接していくということで、その能力に欠けてる人間は落伍していくのが当然なわけで、たとえどんな技術を持ってようと、人と交流することができん人間は、だめ。人として、だめ。生きるうえで一番の武器は、技術は、人と接すること。
しんどいわ。しがみつくのに、疲れたな。
目から汗が出らあ
阿呆らしい
ぜんぶが阿呆らしいわ
どーでもえーわなー
日航機の墜落事故から、もう22年経つんやな。もっと生きたかった人ばかりやったろう。無念やろう。死にたいと思いながら日常を無為に過ごしてる人間と、命を交換できればええのに。
三時半からの「夕凪の街 桜の国」を観に、わりと強い風が吹くなか自転車をこぎ、夫婦でシネマ・クレール丸の内へ行った。客の入りは思ったより少ない。半分ほどかな。
ストーリーを知ってるもんやから、始まった途端に涙が出てきた。全編通じて泣きっぱなし。麻生久美子が無茶に美しい。儚くて儚くて、何度も涙が。いま書いてて思い出して、また少しにじむ。
出演者は広島言葉を上手く操れてたと思う。生の広島弁に詳しいわけじゃないが、岡山弁として聞いてても、特別おかしな点は少なかった。標準語式に近い利点かしらん。
ほぼ忠実に漫画を再現してくれてた。ただし、漫画では最後の最後で軽い笑いでオチてるんやけど、映画では重く深い幕切れで、涙を乾かす暇を与えてくれんかった。映画館の外はまだまだ昼間の明るさ、ちょっと恥ずかしかったな。
原爆は落ちたんじゃない、落とされたんよ……という一言は全ての人間が覚えといてほしい。落とした側ももちろん。決して自然発生した災害じゃない。明確な殺戮意図があった。
戦時とはいえ、当たり前の日々を送ってた、兵士でもなんでもない一般市民が、焼かれ、焦がされ、溶かされ、ちぎられ、めちゃくちゃにされた。
戦争は、その善悪はともあれ、あくまでも戦場で兵士たちが行うというのが最低限のルールやったはず。日本全国の各都市が空襲で焼かれ、広島長崎は焼かれただけでなく、放射性物質の実験台にされた。
原爆の影響が遺伝的に残ってるかもという意識は、結婚差別まで引き起こした。繰り返すが、一般市民よ。兵士でもなんでもない人々の生活が、何十年もの長きに渡ってめちゃくちゃにされた。こんな非道が、許されるもんか。
アメリカ人は、自国にも落とされんと気づかんほど間抜けなんか?
悔しい。
賛否はいろいろあるみたいやが、個人的には、日本軍の重慶爆撃とアメリカ軍の本土空襲そして原爆は、質の面でも規模の面でも違うと感じる。
小学生のころ原爆のことを知って以来、このことへの興味が止まらず、悲惨な写真集やはだしのゲンを読みまくった。怖いもの見たさという低レベルで悪趣味なエネルギーやったんかもしれんが、しかし、知らんより知ったほうがええ問題であるには違いないと確信する。
知らんのは罪、とすら言い切りたい。
全員観てください。あ、でも、時間軸があちこちして難しい映画かもしれんので、まずは原作の漫画を読んどくほうがいいかも。
とにかく観てほしい。
すぐ壊れる弱い神経を持ったほうが悪いんか、
無神経な行動をとるほうが悪いんか、
その組み合わせになったことが悪いんか。
日本の老人が発する「戦争はしたらいかん」という言葉の頭には、「負ける」という単語がくっついてる場合があるような気がする。危険思想と言われるかもしれんが、そう思ってしまいたくなるほどに、日本は、戦勝国と第三国から蹂躙され続けてる。
さっきトイレに行ったら、外でコオロギの音がきこえた。今年初かな。
しかしこの暑さ、季節を間違えるはずもなかろうに。
なんの書物やったか忘れたが、十五年戦争において「日本は被害国である前に、加害国であることを忘れてはいけない」という文章を見かけた。ある絵本には、「日本は満州国をむりやり作りました」という文章がいきなり。
そらね、いかんことはいかんよ。でも、前振りがないのよ。そういう流れになっていった世界全体の状態とか、前提をぜんぶハショって、どうして、まるでいきなり日本だけが悪いことをやったと教え込もうとするの?
ええことも悪いことも、両面あるでしょーが。両方教えてこそ歴史教育じゃないんかの。
一休さんの遺言て、有名な逸話らしい。おらー寡聞にして存じませんでした。
非常にありがたいお言葉やね。簡潔。身にしみる。
Tiny Betsy のメーカーの In The News ページを眺めてて、漢字に目がとまった。
親友?
詳細ページへ飛んでみた。
漢字で書いてるし、アジア人……なんよね?
頭に突き刺さってるのはカンザシ?
上着は、まさかキモノ? バカボンのより丈が短いよ。
あたま混乱してきた。
なんじゃこら。
なにを表してんのかな。
参った。参りました。降参。
そんなもん
いやな夢を見た。
あー。あーあ。なんちゅう朝よ。
ヒロシマナガサキを観たくて、朝っぱらからシネマ・クレールに出かけた。
ナレーションはゼロ。インタビューや資料映像が淡々と続けられる。冒頭、原宿を歩く十代らしき子らが「1945年8月6日に何が起きたか」と問われて誰一人答えれんのは、恣意的な編集があるんかもしれんが、知らん人がおるというのは嘘じゃないんやろう。めまいしそうになる。
後悔や同情の念はまったくないと断言するアメリカの元兵士・老科学者たちには、国の命令に忠実だっただけとはいえ、やっぱり怒りを感じる。彼らをそうせしめたトルーマンが原爆投下成功の声明を読み上げる。国の指導者を見るたび「お前ら素手でケンカして決着つけろや」と素朴にそう思う。外務大臣でもかまわん。
被爆者は日本人だけじゃない。日本に米を取り上げられて飢えたから日本に来たという朝鮮人もインタビューされてた。地続きの他国へ逃亡せず何故わざわざ海を渡ってまで日本へ? 「強制連行」された親類を頼って? 少し不思議に思ったけど、被爆したのは間違いない。治療を後回しにされるという差別があったのも間違いなかろう。
写真は見たことのあるものばかりやったが、動画は初めてのものもあった。撮影したのは米軍か ABCC か。カラー動画でみる「標本」の数々は、ひどい疵跡もやが、被写体の気持ちを考えると正視できん。つらい。腹が立ってしかたない。
東洋一の規模を誇った浦上天主堂は、同じキリスト教を信じるアメリカの人々にやられた。ここまでされて「神様なんぞおらん」と無宗教にならん人々の信心深さには驚かされる。いらだちや悲しささえ感じる。
BGM がよかった。パンフを見ると、MOGWAI や SIGUR ROS の文字が。音楽と言えば、最後のほうに出てた PIKADON なんとかっていうアートパフォーマンスみたいなのは蛇足と感じたな。アートは難しくて理解できん。俺が阿呆やからしゃあないんやけど。
科学の進歩の賜物か、いまは広島型原爆 400,000 個分の核兵器があるらしい。科学は、人間を別の方向に進歩させれんのだろか。歴史に飲み込まれん方法って、ないんだろか。
近所の薬店にて。
レジが2つあり、ちょうどどっちも埋まってて、俺はその真ん中に立った。茶髪のおっさん、知ってか知らずか、俺の左横に並んだかと思った途端、ちょうど空いた左レジへ進んだ。
おいおっさん......、いや、おっさんは許そう。我慢しよう。
店よ、なんのために複数のレジを並べてんの?
フォーク並び、ほんまは客側で自然発生するのが好ましいけど、人の少ない田舎では難しいらしいから、店舗側で仕切って根付かせてほしいもんやのう。顧客満足度を高める簡単な方法なんやし。
自動車の譲り合い精神が無いとか、エスカレータの片側を開けんとか、どこの田舎にも共通して見られるらしい。エスカレータについては、転倒の危険があるから、むしろ開けるなという意見も目にするが。
そういや、宮脇書店の岡山本店も1階はフォーク並びさせてなかったはず。あそこは片側だけ図書カード対応とかの理由があるんかもしれんが。ともあれ、俺は不公平感を味わうのがイヤで、1台しかない2階レジをいつも使う。
割り切れんことを割り切ろうとするから無理が出る
割り切れんまま受け入れないかんのだ
しかしそれは思考停止じゃないんか
考えるとしんどい
考えんのは怖い
どうせえと
means and ends
ends
end
?
ひどく疲れた、疲れた。
いろいろと、もうお仕舞いにしたほうがいいような気がしてならん。
やっぱり俺にゃあ無理やったんやろう。荷が重すぎたんやろう。疲れた。

hang - 吊る - 鶴 - crane
うちのは達磨。笑った。ありがとう。

目玉と頭でっかちのせいか、ブライスっぽく見える......ような気もする。
とつぜん秋になったか。
もーどーでもえーわー
猫売り場。
あーもーたまらんわー 。
Yahoo! オークションを覗いてて、掲示板で即決を求める人を見るたび、ズルいなあと感じる。
よほど欲しいんだろうけど、入札する人は皆おなじ気持ちなわけで、そこを抜け駆けのごとく財力でねじふせようとする姿勢が、違和感というか嫌悪感を抱かせる原因かもしれん。
貧乏人のひがみとは違う。競り負けたときに感じる悔しさとは違うし。
あ〜〜〜、顔が笑う。たまらん。止まらん。
ジーンズを半分に切ったやつ。履き始めて 20 年ぐらい経つ。海水浴の帰りですか? とか問われることが多いけど、おらー夏はどこへ行くにも、ほとんどこれ。海とか山とか関係ない。客先へも行く。

初めてジーンズを半分に切ったのは高3ぐらいの頃、リーバイスの、当時の 503 やった。今の 503 とは全く違うタイトなストレートで、あの頃はスリムが流行してたから、ストレートを履くのが恥ずかしくなって、でも履かんのはもったいないからと自分で切った。
ずっと使い続けてたけど、数年前か、尻のあたりに穴があいたから、さすがに捨てた。写真の2代目はごく普通の 501 やが、これも自分で切った。今年はあと何回履くことやろう。
四十路に突入しても、夏はこれを履いてるような気がするなあ。
6RhapNight vol. 3 へ。こっちにもリンクしとこ。

原子力発電の過程で発生する熱の、三分の一は電気に変わり、三分の二は冷却水へ移動、つまり冷却水=海水を温めることに使われてるらしい。ある教授によれば、熱エネルギー転換の割合から見れば、原発は海をあたためるついでに電気を作ってるようなもん、とのこと。

ハァ
。
えらい若い小倉一郎やなと思ったら、伊藤英明という人やった。
奥目といえば、岡八郎に間寛平。
工事の人らは連休じゃないんやね。ゴクローサンです。
朝から家ゆれてゆれて
。
昨日は全身筋肉痛と仕事。
前も撮影しまくった翌日に筋肉痛になったことがあった。
慣れんのに張り切っていろんな構え方するからやろな。
まあ、今日になって筋肉痛が出てくるよりマシじゃ。
まだ若い若い。いけるいける。
今日、広島、行けるんやろか。
a wrong spice?
身の回りの、ローカルな、小さな範囲のことが好きで、
大きな世界のことには興味が向かん。
実感がわかん。わからん。阿呆なんやろねえ。
自分が男らしい男じゃないから逃げ口上なんかもしれんが、
男ならこう、なんていう価値観の押しつけには辟易する。
一家の大黒柱とか勘弁してほしい。
急進的フェミニストにも困惑する。
やたらと争いを好む姿は、醜いおっさんと同じじゃ。
人と違うことをしたいなんてのが発端な人は、
凡そ普通よな。浅い。青い。掃いて捨てるほどおる。
興味あることを追究するうち、
ふと気づいたら人と違う位置に立ってた
てのが本物じゃ。
キチガイすれすれかもしれんが、それでこそ、やろう。
意識した時点で負け。無意識に勝るものはない。
知らんことだらけじゃ。
でも、どうでもええことだらけじゃ。
いろんなことに興味がない。
というか興味が湧きにくくなった。
懐かしいことばっかり思い出す。
楽しい予感が、さきの未来の像が、まったく浮かばん。
なんでかしらん。
この歳になってようやく、
意味のあることなんぞひとつもないんやなと気づいた。
やから、意味なんぞ考えたらいかんのやな、と。
キリン淡麗グリーンラベルの宣伝キャラクター。
アンカー、ブラウン、ケント、マット、ジェイコブ、なかなか面白く揃えたもんやなー。いかり、茶、けん、マット運動にブーか。
全員集合って字を見ると、「員」の下が足に見えてしかたない。
普通って何?
って中学生みたいな疑問は、いまだに頭から抜けんな。
ピカチュウって、オスメスがあるらしい。
ってことは、たくさんおるのか。
おらーあの1匹だけかと思ってた。
昨日、パンダ最後のドライブ中に見かけた衝撃的な広告。
めちゃくちゃわろた。
立体やし、トンボの羽根ゆらゆらするし、こら見てしまうわ。目立つわ。
宣伝として大成功という意味で正攻法って気がするわ。
洗車のときどうしてるんやろ。
お盆の裏に強力マグネットでも付けてるんやろか。
こりゃー切れ味すばらしいな。明快。
いらいらしたらいかん、
いらいらするなするなと言い聞かせる。
しかしまあ毎回々々よくもここまで
次々と新しい嫌がらせ手法を思いつくもんよなあ
と、感心すらしてしまう。
いや、俺も客の立場になったとき、
店からはこんな風に見えてるんかもしれんな。
談合はダメって一刀両断されることが多いけど、
これで問題なく回ってきたという歴史やってあるはずなんよね。
なんでもかんでも規制すりゃええってもんでもなかろうけど、
反動で、なんでもかんでも緩和すりゃええってもんでもなかろうに。
旧習は悪と決めてかかるその考えが、まず怖い。
もちろん、改革を全て否定するのも狭量やし。
げに、ホドホドは難しいのう。
シガーソケットから電源を取りにくいし、
そもそも使わんので、カングーの灰皿は取っ払った。
そういや、スプレー類のキャップはわりとすぐ捨てるな。
タオルについてるタグも鬱陶しいから切ってしまうことが多い。
そうそう、シュタイフのタグも取ってしまいそうやわ、俺。
あたしンちを読んでて、いたく共感した回やった。
もしプラダのバッグを買えたら、あの三角形を取ったうえで
どれほど認知されるもんか、試してみたい気もするな。
こんな性分なもんやから、
デザインと名のつく職種に身を置いてるのは
やっぱり間違ってるような気がしてならんのよ。
毎回々々、あのページだけ版面率が異様に高いんよね 。
傲慢と頑固は違うし、卑屈と謙虚も違うんよねえ。
まいどポータルZより。
エンピツ右利き&消しゴム左利きという癖を発見。俺も同じ。
この人のファンなので、妙に嬉しい。
まあ、どうでもええこっちゃね
。
スーパー・コンビニのレジや銀行の ATM で、
お釣りやレシート・伝票をキッチリ財布にしまうまで
その場を離れないのは、だいたい、おばちゃん。
この位置に身を置いて十数年経つが、
いまだにローカルルール全てを受け入れられないのは、病的なのだろうか。
それとも、それが正常なのか。
標準語はどーも照れくさいな。
この位置に身を置いて十数年経つけど、
いまだにローカルルール全てを受け入れれんのは、病的なんやろか。
それとも、それが正常なんか。
口語は楽やわ。
笑える。
女性のお喋り好きは古今東西おなじらしい。
ミャンマーで取材してた邦人が軍に撃たれて亡くなった事件は、本当に衝撃やったし、悲しいし悔しい。偶発的な事故と片付けられたらいかん。
が、民主主義こそ最も優れた社会統治方法で、軍事政権は絶対に悪である、と断じるのは怖い。以下、ちょっと長いけど引用。引用元も4年前と少し古いけど。
ミャンマーでは1962年のクーデター以来、軍事政権が続いている。1970年代からゆっくりと民政化しようとしたが失敗し、1987年には市場経済化に失敗して国民生活が悪化する中、軍事政権に反対する大衆が決起したが、鎮圧された。欧米人て、大昔はキリスト教を、今は民主主義を布教しようと必死なんよね。いわゆるジャイアニズム、世界のガキ大将。地球まるごと植民地にすべく、言うことを聞け聞けとうるさい。この激動を見て、ミャンマー建国時の英雄だった故アウンサン将軍の娘アウンサン・スーチーが、長く住んでいたイギリスから帰国して民主化運動を指揮し、自宅軟禁にされながら1990年の国政選挙で野党だったNLDを圧勝させた。ところが、選挙で負けた軍事政権はNLDへの政権の引き渡しを拒否し、スーチーの自宅軟禁を続けた。1995年以降、軍事政権は欧米からの圧力を受け、スーチーの自宅軟禁を解除したり再開したりという状態を続けた。
欧米を中心とする「国際社会」は1991年にはスーチーにノーベル平和賞を与えて民主化運動を鼓舞し、その後はミャンマーに対して経済制裁を科した。1997年に東南アジアを襲ったアジア経済危機の余波で、ミャンマー経済はさらに悪化した。行き詰まった軍事政権は1997年、経済改革や必要最低限の政治民主化を重視する新体制に移行したが、その後も大した変化は起きていない。
スーチーを擁護して強硬な態度を続ける欧米諸国とは対照的に、中国やASEANは、急速に民主化するとミャンマー社会が混乱し、かえって人々の暮らしが悪化すると懸念している。
欧米が中国や第三世界諸国に対して急速な民主化を要求するのは、それらの国々を不安定にして弱体化させ、欧米に対して従順な体制へと変化させたいという意図が見え隠れしている。中国や東南アジア諸国は、そのことを身をもって知っているから、ミャンマーの軍事政権に対して強硬姿勢をとらないのだろう。
スーチー自身、イギリスがミャンマーを混乱させるために送り込んできたエージェントだという見方もある。(それとは逆に、そもそもスーチーの父親で国民的英雄だったアウンサン将軍を1947年に暗殺した黒幕は、1962年のクーデターで政権を乗っ取ったネウィン将軍(昨年死去)であり、その後40年も続くネウィンの暗黒支配を終わらせようと、父のかたき討ちと救国のため、アウンサンの娘スーチーが祖国に戻ってきたのは素晴らしいことだ、という見方もある)
銭カネの計算づくで動いてる人も多いやろけど、もっとタチが悪いのは、我が民主主義こそ最高と信じて疑わず布教に励む、本来の意味での確信犯かもしれん。ありがた迷惑。
カングー車内。前のオーナーさんが付けてたカーナビでは DVD を観ることができるみたいなので、試してみた。助手席下にあるので、入れ替えはちょっとめんどくさい。
映画には本っ当〜に疎いんやけど、「ぼくの伯父さん」は学生の頃
15年ぐらい前か、テレビの深夜放送で何気なく観て、犬とハイテク住居とドリフのセットみたいなアパート——ドリフのほうが後やな——に惹かれ、たちまち好きになってしもた。

6年前とつぜん思い出してどうしても観たくなり、でも当時は日本語版 DVD がなくて、FANTASIUM という通販サイトで英語版を買うた。まあ、ストーリーわかってるしセリフ少ないし、英語字幕でもなんとかなった。
あ、写真が妙に青いのはホワイトバランスを間違って白熱灯にしてただけです。特に意図ございませぬ。
デザイナー殺すにゃ 刃物は要らぬ 「初校へ」一言あればよい
テレビニュースを眺めてると、ドコモや au の広告で使われてる注意事項の文字が小さすぎる、と公正取引委員会が警告を発したとのこと。その大きさ 1.75mm という数値が聞こえてきた。
えーと、だいたい5ポイントか。日常的に使ってるなあ。これに、さらに 60% 以下の長体をかける無茶をすることもある。まあ、事情はいろいろやわ。なかなか思うようにならんです。
疲れた 。
ぜいたくはてきだ
八方塞がりというか袋小路というか、
手も足も出ないというか窒息しそうというか、
まあ、そんな感じ。
バチンとはじけるのか、そのままつぶれるのか。
同じサイトから動画ネタふたつ。
共振型変圧器でマリオ演奏
素晴らしい。そして、ロシアのサーカス猫を見たときのような、妙な笑いがこみ上げる。
空中を舞う車をロケットランチャーで撃つ男
阿呆なタイトルだけ見たらアメリカ物かと思ったけど、言葉はイギリスっぽい。バカバカしすぎて笑える。が、本来は殺人の道具なんよなと思うと寒気も。
食い意地のはってる奴と、そうでもない奴。同じパグやろに、ここまで違うかと。
しかしまー可愛い。たまらん。
最期を、波のてっぺんで迎えるか、底で迎えるか、それだけの違いなんやろなあ。
それだけのことなんやろう。
映画館で映画を見るぐらいはなんとか。静かにしてれば咳は出ず。
六ちゃん、やっぱ田舎くさい格好が可愛いわ〜。本当に愛らしい。
武雄の田舎くささは、六ちゃんに負けず劣らずハマッてた。
鈴木オート、相変わらず男気があって惚れ惚れするわ。
薬師丸ひろ子が美しくて可愛くてスタイルいまいちで、ばっちり。
情けなくて直球しか投げれん茶川は、他人を見てる気がせん。
しかし小雪みたいな嫁がおったら落ち着かんかもなあ。
温水といい、もたいまさこといい、怖いぐらいに素な感じ。
ぎらぎら鋭かった手塚理美。
美加ちゃん愛くるしい。鈴木家や学校に馴染む様子を詳しく見たかった。
一平もこのまま愛くるしさを
保てんわなあ。無理やわなあ。
前回と比べると、淳之介もすっかり手足が伸びて成長してた。
一平とつるんでた1人は気の毒なぐらい育ってしもてるし。
ヒヨコじゃなくて、明らかにニワトリやった。
子役を使った連作は、本当に難しいのねえ。
前回はぼろぼろ泣きまくってたけど、今回は数回やったな。
なんでやろ。心が荒んだか。
以上、ハピータウン岡南から帰宅直後、ゲホゲホ咳が出まくる状況下、一気に。
動いたりするとやっぱり咳出るなあ。
昭和16年の今日、
日本時間で真夜中の午前1時半、
マレー半島のコタバルへ上陸開始。
その約1時間後、ハワイの真珠湾へ攻撃開始。
歴史が断続的でないことを、中学生や高校生の時分には全く理解できてなかった。なにか大事があるたびに、奇麗さっぱりリセットされてる気がしてた。
こんなおっさんになって今さらやが、吉村昭の本という助けも借り、たとえばペリーが来て幕末を迎え明治になって富国強兵していくうちに などという繋がりを、ようやく少し意識することができるようになった。
富やエネルギーを求めて、戦争は絶えることがないんかねえ。
吉村昭「夜明けの雷鳴—医師 高松凌雲」読了。
幕府から送り出されたパリ滞在中に大政奉還、その幕府が消滅とは凄まじい。フランスで見た貧富関係ない医療体制が、主人公の運命を大きく左右することに。箱館の戦やら、その他維新後の動乱をあれやこれや経て、いろいろなことを成した凌雲、37歳。
なーんにも成してない俺、ぼんやりしたまま今月末で37になるよ
。
ため息をつくと咳が追ってくる。畜生め。
しまなみ海道と吉備路自転車道をサイクリングした岡山の人のリポートがあった。
吉備路はともかく、しまなみ海道のほうは車で渡ってても高さが恐ろしくて恐ろしくて早く渡ってしまいたくてたまらんかったので、あれを自転車でなんて、とても無理やなあ 。
いらんいらん
もー、なんにもいらん
続・三丁目の夕日に出てた美加ちゃんらの撮影風景。いやー、可愛いわ。子犬も一平くんも。
美加ちゃん役の子、「さくらん」にも出てたらしい。嫁に問うと「ごぼうの子かなあ」とのこと。おらーまともに鑑賞してなかったから全く記憶にない。
あー、これわかるわ。俺の声も非常に弱くて通らんうえに気も小さいので、大きな声で「すみません〜」の一言が、とても高い壁になる。やから、居酒屋に限らず、知らん店になかなかよう入らん。異様に保守的になる。悩み。
アホほど大きな声が出る人を見るたび、心底羨ましいなと思う。世の中にこんなしょうもない悩み事が存在してることすら気づいてないと思う。呼び鈴ボタンがあるテーブルを不思議に思ってるはず。
久しぶりに某社の仕事。自身のあまりの非力さ、ふがいなさに、もう代金要りませんて言いそうになった が、生活のことを考えてこらえる。
病院へ行く途中、いつもの自転車屋さんへ。40歳を過ぎてトライアスロンを始めたとか、現在の品揃えにした笑える理由とか、いろいろと楽しい話を聞かせてもらった。
お目当ての自転車は半年待ちとのこと。へなへなとなりながら、失礼を承知で「もし通販で見つかれば購入し、メンテを」とお願いしたら、快諾してくださった。なんとも有り難いお話。なんとも無礼な客。
病院へ。症状があまりに長いので、医師はインフルエンザを疑って再検査してくれたけど、また陰性。レントゲンの結果も異状なし。点滴で1時間ほどベッド。薬ももろたけど、ほんまは、しっかり食べて眠って内側から治さないかんのやろねえ 。
病院を出たら真っ暗やったので、そのまま嫁を拾って帰宅。

ネット上でトヨタの古いロゴを見つけ、懐かしくて嬉しくて、意味もなくトレースしてみた。使う場面なんてないのに。マツダの古いロゴも好きやったな。
何年前になるか、笑い飯を初めて見たとき、越前屋俵太が新しくコンビを組んだんかと思た。
先月か、ホームレス中学生の人を見たとき、笑い飯の人かと思た。
2002年に出た「朽ちていった命―被曝治療83日間の記録」という本の文庫版があったので、ぱらぱらと立ち読みしてみた。
かなりショッキングな写真もある。表沙汰にされてないだけで、もっと恐ろしい写真もあろう。こういうのが苦手な「一般人」には強制できんが、電力会社やら役所やら政治家やら、およそ原子力エネルギー事業に関連する全ての人間に対しては、怖がって逃げ回ろうとも、夢に出てうなされようとも、一読を義務づけるべきじゃ。
昭和のはじめごろ日本が大陸へ進出した理由のひとつには、増え続ける人口を支えるためのエネルギーを求めて、というものがあるらしい。そういう争いが再び起きぬよう、効率の良い(と言えるかどうか知らんが)原子力エネルギーの確保を肯定するという人々もおる。
覚醒剤を使うと何昼夜も眠らず仕事できるらしい。そんな話を思い出した。
一を聞いて十を知るという言葉があるが、「一を得て十を失う」なんていう言葉も浮かんだ。
感情にブレのない人間になりたいと思うのは、
そうなることで自分が楽になるから、というより、
そういう「出来た人間」やと思われたい、という動機の方が強い。
つまり、そういう人物を目指そうとしてる時点で間違ってるんよな。
ブレない人、出来た人って、意識せず自然とそういう風になってるはず。
客がやたら多いなと思ったら店内放送で今日がポイント10倍日であることを知った。うんざりしつつ4ヶ月前と同じく独りフォーク並びに挑戦するも、数秒で敗退。真横に客が並んだ。あーあ 。
フォーク並びさせることで、店には何か不都合があるんかしら。
年齢だけでええよ。
体温はそんなにいらん
。
今日は朝からよく降る。
明後日ぐらいから年明けにかけて今年一番の寒波が来るらしく、
岡山県南でも降雪あるかも、とのこと。
病院に行くことすらできんなったら、ほんま弱るのう。
病んだせいもあり、ここ数日ずっとテレビの前におった。
NHK BS2 でやってる伊丹十三監督の映画を連日観た。京都・松山育ちという監督やのに、出演者の関西言葉がことごとく無茶苦茶やったのが不思議でならん。そこには執着心がなかったんかしらん。
夜中の「怪奇大作戦」も観た。自分が生まれた年代の街や自動車に心を掴まれっぱなし。あの頃に飛び込みたい。やっぱり好きなんやなあと実感する。岸田森にも目が釘付けやった。喫煙率の高さにも。
年賀状だけ、ようよう書き終えた。
仕事は年明けか
なあ
。
パソコンの画面を見るのがしんどい。
最近の YUKI を見てて Tiny Betsy を思い出したんやが、意識してんのかな。

7時ごろ津島モールへ買い物に出たら、小雪が舞ってた。
来年は心身ともに穏やかに過ごせますように。
且つ、身辺は激動となりますように。
あけましておめでとうございます。
実家の中村は雪らしい。岡山は風が冷たく強く吹き付けてくるけど、晴れ。体調もまずまずなので自転車で旭川河畔を少し走ったところ、冷凍されそうになった。本当にひやい。

さっき夫婦で近所の前方後円墳にある神社に御参りしてきた。帰りに見つけたスマイル。去年はしんどいことばっかりやったので、今年は笑える年になりますよう、なにとぞなにとぞ。
やっぱり好きやわ、丹地陽子さんの世界。
昨夜 BS でガンダム映画をやってた。懐かしくてボヤーと眺めてたんやけど、小学生の頃と同じ感想やったなあ。難しい、暗い、わけわからん。違いと言えば、今は「それがええんやんか、と感じる人がおる」ということを理解できることか。
ガンダムのテレビアニメ、高知では早朝——6時台やったっけな——放送されてた。早起きさせようと企んだんやろう、母親から「あんたらぐらいの子供は皆見てる」とそそのかされてテレビの前に座らされたけど、ちっとも理解できんし眠いし、結局ハマることはなかった。
ガンダムのプラモデルも持ってはおったけど、おらー不器用で短気やから、モノを作るのが大の苦手で大嫌い。いつも完成品を友達からもらってた。いちばん好きなのが旧ザクやったのは、当時から古いもん好きやったせいかもしれん。
年末年始は、パソコンの画面を見るのがしんどいのもあって、数年分の遅れを取り戻すかのごとくテレビを見てた。
これは誰々と暗唱確認したり、これ誰? と質問したり、あまりに鬱陶しかったらしく、隣で嫁が「お父さんとテレビ見ょーるみたいじゃ! うるさい!」と本気で怒ってた。しゃあないやんけ。知らんのやもん。
タカアンドトシ、ブラックマヨネーズ、ハリセンボン、麒麟、フットボールアワー、友近、にしおかすみこ、それから、えーと、ああもう思い出せれん。しかし思い出せてるのは名前だけで、ほとんどは顔が浮かんでこん。ララララーイって人もおったな。姿は浮かぶが名前が出てこん。
にしおかすみこってどっかで聞いた響きよなあと思ったら、知り合いにニシオカフミコっていう超美人がおるんやった。にしおかすみこも、そこそこ美人やと思うが。
友近の関西言葉がときどきおかしいのは、やっぱり愛媛人やからかね。それともワザとかな、音感ある人やし。男の人と組んでやってる「外国映画の吹き替え」ネタは俺自身ちいさい頃から密かに笑いのネタよなあと感じてたので、心底うれしい。おもろい。応援してます。
そういや、こんなんあるよね〜という日常の些細なことをネタにしてる人らが多いような気がしたが、まあ、気のせいかもしれん。なにしろテレビ初心者やから。
景気対策で、農林水産省は「農道を作れ、漁港を作れ」と県に盛んに勧めるわけです。我々が「必要なものは当初予算で手当てをしたから」と断ると、農水省は何と言ったと思いますか。「覚えておけ」ですよ。そして実際、翌年度の農水省からのお金は減らされてしまいました。
農水省は結局、鳥取県に勧めた農道や漁港の整備費を他県に回したんです。彼らの念頭にあったのは鳥取県の農家や漁民に必要な農道や漁港を作ることではなく、自分たちの予算を消化する(使い切る)ことにあったわけです。
信じがたいけど、県知事にもなってた人が言うぐらいなら、嘘ではないんやろなあ。日経の「2008年を斬る:本当の地方再生とは? 官が頑張れば頑張るほど地方はダメになっていく」というページより引用。
非常〜に幼稚な、ごく素朴な疑問なんやが、省庁に勤めてるのは日本でもトップクラスに賢い人らばかりやろに、なんで「予算を消化しきるためだけ」なんて阿呆で間抜けなことをやらかすの? 不思議でしゃあない。
賢い人らにしかわからん理屈があるんかしら。いや、イヤミでなく、本気でそう思うしかないのよ。
年末年始のテレビ浸りでお気に入りなのが、山崎バニラ。
大丈夫なんかなと心配してしまうほどずばっと本音を書いてるシアトル滞在記。おらー味オンチにかけては自信があるけど、それでもアメリカ人よりゃマシなんやろか。
アメリカといえば、会社員時代に社員旅行で行ったハワイしか知らんので、大陸は未踏です。ハワイのマクド、ポテトの量が多くて閉口したな。
分厚くなるのを防ぐため二重部分を減らした、という構造はとても素晴らしいな。が、この財布、裕福でない俺にとって致命的・屈辱的な欠点がある。
例えば千円札1枚しか持ってなくて——俺にはよくある状況——、それで支払って札入れが空っぽになると、第三者からもハッキリ見えてしまって恥ずかしい。
普通の財布なら札入れが二重部分に隠れてるから、空になってもパッと見では気づかれずにすむのですよ 。
雨はやんだみたい。
仕事ようよう片付いた。今日の分だけは。
少し寝な、もたん。
まいどポータルZより今日のネタ2つ。
観音寺の琴弾公園、高松に住んでた頃に連れて行かれたことがあったんやったけ、なかったんやったっけ。記憶にない。行って見てみたい。Google の地図では確認できず、ようよう探したのがちず丸のイラスト。なるほど、銭形の天地は東西方向なんやな。そういや、記事中に銭形平次の文字がひとつもなくて、ちょっと寂しい。
くさやって、十何年も前に美味しんぼか何かでその存在を知ったけど、いまだに食べたことも見たこともない。もちろん匂いも知らん。そんなにすごいんか。納豆は平気なんやけど、比べ物にならんのかな。大阪育ちの母親に育てられた嫁は、納豆を「雑巾のニオイじゃ」と言うて喰わん。
デザインはローコストでハイリターンの経営資源〜『デザインの深読み』の著者、坂井直樹氏に聞く
まだ使えるのに、古くさい・気恥ずかしいと感じさせて買い替えさせる、か。高名なデザイナーさんにしては、あまりに露骨な物言いよなあ。行間を読めてないんかな俺。わかる人にはわかる、もっと深い意味があるんかしら。
しかしなー、完全なリサイクルシステムができてれば、在庫処分・市場再生機能としてのプロダクトデザインが見直されて当然と思うけど、そうでない現状では、企業が潤う(あるいは生き残る)ため意味もなく新商品を買わせゴミを残す機能になってしもてる と感じてしまうのは、やっぱ浅い部分しか読めてないんかな俺。青臭いか俺。
休み明けの2時過ぎに行ったせいか、銀行の待合室は大賑わいやった。
整理券を取ったら、およそ 20 人待ち。
十数分待った頃か、乳母車を押して来たお婆さんが隣に腰を下ろした。
しばらくの沈黙のあと、突如、
俺のダウンジャケットに触れつつ「ぬくそうじゃな〜」と話しかけて来た。
戸惑ったけど、「ええ、ぬくいですよ〜」など、もごもごと適当に返答。
見知らぬ人との何気ない会話に慣れてないので、
うまくキャッチボールできんのが悔しくなる。
俺の用事が先に済んだので、お婆さんに会釈して立ち去った。
お婆さんも、しわ倍増でニコニコ会釈してくれた。
とても嬉しかった。
お婆さん、3時までに用事済んだんやろか。
数年前に会社を辞めてから忘年会新年会というもんに縁がなくなった。そして、この年末年始は生まれて初めてというほど健康面でバタバタした。
夫婦共々ようやくもう大丈夫かなと思えるようになったので、いまひとり快気を祝ってビール。酒飲むの、いつ以来やろ。酔うた酔うた酔うた。ヱビスのザ・ホップってやつ。
ねむい。
座ることを拒否する椅子ってのがあるんなら、走ることを拒否する車なんていうアートがあってもええんちゃうかな。もうあるんかな。
アートか。わかる人にはわかるっていう意味だけで言えば、どんな学問も思想も宗教も、さらには生きることも、同じよのう。ミジンコが何のために生きて存在してるかなんてのも、考えようによっちゃ、アートよのう。
ほんまにわかってる人なんておるんかしら。
わかるって、何よ? と。
いまごろになって薬が効いてきたちや。よいよぜよ。
command + A, delete, command + W, command + D, enter

command + Q, enter
...
風が強いなー、でも空気を入れ替えるにゃーちょうどええかーと家中の窓を開けて掃除してたら、雪が舞い始めてびっくりした。慌てて窓を閉めに走り回った。数分でやんだけど。
動いてるときには気づかんかったけど、今日はだいぶ寒いな。掃除終わって座ってコーヒー飲んでて気づいた。
ひらがなだらけでは、ようちで、いやなかんじがするし、
必然性もなくヰやヱやヲやヴみたいな字を使うのも子供っぽくて嫌だし、
カタカナでイッパイだとブンガクショウジョなアタシみたいでイヤだし、
古語漢語及び難解な表記に固執したる如きは甚だしく讀み難くて厭であるし、
なにより、どれを見ても「あざとい演出」と感じてしまう自分自身が、とても。
近代化
工業化
大量生産
大企業
規模の経済
国民総サラリーマン
地元零細企業の衰退
多品種少量生産
短納期
24時間営業
コンピューター社会
高度情報化社会
高品質低価格
価格競争力
工場の海外移転
物欲
広告
パッケージング
納期、価格、シェア、競争、
納期、価格、シェア、競争、
納期、価格、シェア、競争、
過労
偽装
……?
まいどポータルZより、手のなかの山手線というネタ。新幹線の位置状況をリアルタイムで表示する、いまどこ?新幹線マップというサイトを思い出した。プログラム書ける人って尊敬するわー。
関係ないけど、最初の写真は色が緑に転んでて、カメラ日和を思い出した。銀塩で撮ったもんかな。それとも、それ風に加工したデジタル写真かな。
セオリー通りやと「どこかで見たような」で、
セオリーを外れると「奇をてらった」で。
げに、批判は簡単よにゃ……。
ケータイ市場が冷え込む、か。対岸どころか空想の世界の火事に近い出来事じゃ……。それぐらい携帯電話の使用頻度が低いから、記事を見る角度が違いすぎるかもしれんけど、ざっと読んで感じたのは、お上ってのは、動きが速くてトチると拙速と言われ、遅きに失すると罵られ、大変な立場やのう、と。
失敗するのが悪い・権力はそれだけ重大な責務を負う、と言われりゃその通りなんやけど、彼らが褒め讃えられてる場面てあまりにも記憶がないから、ときどき同情する。そりゃ権力の暴走はイヤに決まってるから、監視は必要やと思うけどさ。
なるほど、出がらしのお茶っ葉を畳にまいて掃除するのと似てるわけか。
なんかまた面白そうな映画が。岡山ではいつごろ上映されるんかしらん。やっぱりシネマ・クレールあたりなんかな。原題を調べたら Fauteuils d'orchestre というらしい。まったく違うんやね。
勝負事が嫌いってことにかけては、誰にも負けんぞという自信がある。という言葉遊びはさておき、ほんまに争いごとは好きじゃない。
負けるのもイヤやけど、たとえ勝ったとしても、あのイヤ〜な敗北感を他人に味わわせるのがつらい。偽善と笑われるかもしれんが、いろんな場面で数多く負けを経験してきて、その感覚が体に染み付いてしまってるから、しゃあない。
オンビンじゃの〜と言われたことがある。どういう漢字を書くんか知らんが、臆病者・意気地なしのことを岡山弁でオンビンとかオンビンタレなどと言う。オンビンタレ、はい、否定しません。
政治でも経済でも、クルマでもカメラでもコンピュータでも、あらゆる分野の外側に評論家という人物がおって、彼らの仰ることは、いちいちごもっともな内容に思える。
彼らの御高説を全て実現できたら、さぞ素晴らしい国ができ、素晴らしい製品ができるだろうに、なぜ採用され具体化されんのかしらん。
本当に素朴な疑問なんよな。やっぱり俺は幼稚やろか。社会の仕組みがわかってないにもほどがある、か。
まいどポータルZより、小浜市とオバマ氏ネタ。バカバカしすぎて笑える。えーと、イトーくんの故郷やったっけな……。
このネタの主役じゃないけど、林さんて人の顔写真を見ただけで脱力の笑いがこみ上げてくる。人を笑わせるオーラが、顔からも文面からも漂ってくるんよなあ。同じく、住正徳さんて御方も。
そういうのも「普通を超越した能力」ってことで、超能力と言うてええよねえ、と思う。
まいど、かご猫のシロちゃん。
なんど見ても飽きん。たまらんなあ。構図に凝ったりとか面白おかしい文章を添えたりとかせず、シロちゃんの破壊力ある愛らしさだけで直球勝負してるのが功を奏してる、はず。
かわいいなあ……、丹地陽子さんのイラスト。
ほんまかどうか知らんけど、ジョン・トラボルタの自宅とのこと。左には専用滑走路が。
たとえば、人の上に立ちたいという願望が全くない。
人の上に立ちたいという人の気持ちを、俺が理解しがたいのと同じぐらい、
人の上に立ちたいという人は、俺の気持ちを理解しがたいやろな、
という想像はできる。
つまり、それが溝というもんなんかな、と。
インターネットで使える地図にはいろんなのがあるけど、直線距離ではなくて、道のりを調べることができるサービスがあることを知った。
例えば、岡山駅西口を表示。クリックしてくと、次々に数値があらわれる。おおよその数値やけど所要時間もわかる。年齢性別を入力することで、消費カロリーやらも。通過ルートを再生して眺めることもできる。
いやー、めちゃくちゃ面白いわ。いろんなところを測ってしまう。こんな便利なもんを無料で使えるんやから、たいへんな世の中よなあ。
Who is he?
彼は誰ですか? は当たり前に訳せるけど、
What is he?
これが「彼の職業は何ですか?」と訳されると知ると、
人間が何者であるかということと、
何を生業にしてるかということは、イコールなんやなあ、と窺える。
仕事。
誰かの役に立つ仕事。
日本の伝統色、青系15色。
好きなのは、もちろん浅葱色の系統やなあ。
新橋色、日本の伝統色に載っていながら、実は舶来化学染料の色とのこと。おもろい。
東芝が HD DVD という規格から撤退する、とのこと。
ブルーレイも HD DVD も名前を知ってる程度で興味は持ってなかったから、詳しい規格内容も競争の経緯も全く知らんけど、そういう門外漢がごく素朴に勝手に感じた敗因は、語感というかリズムの悪さ。
エイチデーデーブイデー。これ、呼びにくい。こんな単語を日常的に口にしたいと思わんもん。ブルーレイはとても呼びやすい。日常生活に浸透させようと思たら、名前に気を遣ってあげたほうがよかったんじゃないんかねえ。
まあ、ブイエイチスとベータでは、明らかにベータのほうが呼びやすかったけどさ……。
酔っぱらいは自分を酔っぱらいと認めない。
変人は自身をおかしいと思ってないからこそ、変人と称される。
天然ボケという愛すべきキャラクターが存在するけど、
それを自認されると興ざめする。そう感じる人は多いはず。
が、その作為的なところが愛らしいんやんかと評価する人も多いことやろう。
ある事項について、
そこが厭と感じる人も、そここそが良いと感じる人もおるわけで、
そういう捉え方の距離を溝と呼ぶんやろう。
ってまあ、当たり前やな。こないだも書いてたな。
こないだこのブログのトラックバック受信を復活させてみたけど、ひどいときには1日数十件のスパムが入るので、辟易してまた閉じた。
コメントもスパムが多いので基準を少し厳しくしてみてたんやけど、通常のコメントまでスパム扱いになってしまうことが増えたので、元に戻した。もちろん、スパム量も戻る。
一部の厄介者のせいで、とばっちりを受ける人々。まあ、人間が蠢いてるんやから、現実もネットも結局は同じなんやねえ。困ったもんじゃ。
誠実な政治家も自衛官も警官も官僚も教師も外国人も、必ずおるのに、暴走する輩がおると、すべてが白い目で見られる。連帯責任、可哀想なことじゃ。
以前は出たがりな人を見ると軽薄やなあと笑ってたけど、
あるとき、褒められても信用せず、自分なんてまだまだと
いつも謙遜しまくりの俺は、要するに
失敗したときのリスクを避けてるだけなんやなと気づき、
最近は、俺が俺がと前に出る人を見ると、
背水の陣で臨んでて素晴らしいことよ、と思うようになった。
うちの電子レンジは完了5秒前にピッと鳴り、最後にピーーーーと鳴るので、5秒前のピッが聞こえたら、ダッシュで走ってって完了寸前で止める。
先週かな、テレビ東京の番組で同じようなことを語ってるアイドルがおった。嬉しくなった。あの音、うるさいよねえ。もっと他のお知らせ方法ってないんかな。
けらえいこの夫も似たような性分で、お菓子の箱を開けると演奏が始まる電子オルゴールを嫌って、箱を素早く開け閉めする、というネタがエッセイ漫画にあった。お菓子は確か高知の銘菓かんざし、やったような。
チベット民謡の CD を探してて、クイックチャイナという通販サイトを見つけた。当たり前なんやけど、漢字だらけでくらくらした。
場所を見ると広州とある。いま世界卓球が開催されてるところやんか。連日テレビで卓球の試合を見るなんて初めてやけど、なかなか楽しいことと知った。
愛ちゃんて、ほんと可愛いねえ。色白でぽたっとしてて、とても世界レベルの運動選手に見えん。石川選手も、まだ完全に子供やんかってところが愛くるしい。
平野って選手は、小鼻の形や色黒なせいか大陸側の人に見える。それで闘志あふれる表情を見せるもんやから、ヌンチャク振り回してそうな雰囲気なんよな。とても頼りになるので、安心して観戦できる。
福岡って選手は徳島生まれらしい。それだけで応援してしまいたくなる、島国のなかの島国生まれの俺。王子サーブって、魔術というか奇術やな。わけわからん。
男子卓球は見てません。ミーハーですみません。
卓球女子、シンガポールに破れた。残念。
2位と3位の壁って分厚いんやねえ。
シンガポール、十数年前に初めての海外、社員旅行で行った。
行きの飛行機の後ろに老夫婦が座ってて、
お爺さんから「僕らの若い頃はシンガッパと呼んでましてね」と
話しかけられたのを覚えてる。
とても清潔な街やったな。もういちど行ってみたい。
ウィキペディアによると、日暮の初登場は1980年らしい。
その当時、ほぼリアルタイムでこち亀を読んでたような記憶がある。
いつから全く読まんようになったんやろ。
単行本、110巻ぐらいまで買いそろえてたっけ。
こないだテレビで「それでもボクはやってない」を見た。ハッピーエンドを想像しながら気楽に眺めてたけど、裁判官が変わった頃から映画の題名をあらためて思い出し、結局その通りになった。重い。ブルーじゃ。
映画の主題はおかしな裁判システムやと思うけど、やっぱり、いちばん悪いのは犯罪者じゃ。この発端さえ無けりゃ、被害者・冤罪の被害者・冤罪被害者を作り上げ裁いてしまう人々、という連鎖被害が起きんわけで。ま、あまりに青臭い理想論か……。
自己の欲求を抑えきれん犯罪者、出世や保身という欲求に抵抗できん権力者。弱い部分を持つのが人間、なんやろか。ああ、考え出すとどんどんブルーになるのう。
スケートって、いっぺんもやったことございません。スケート場に行ったことがないから、リンクってものを見たこともないし、スケート靴も見たことがない。すべてテレビの中のオブジェクト。俺にとってはファンタジーと言うても過言じゃない。
カメラ日和っぽい写真が可愛らしくて、よく覗かせてもらってるブログ、の昨日のエントリでは、もうすぐ公開される映画の、犬と私の11番目の約束ってのが紹介されてた。
犬も猫も、ハムスターすらも飼ったことのない俺にゃー、約束する相手も内容もないな。寂しい人間ですこと。
よくないもんを美辞麗句で包んで売るのが欺瞞。
ええもんやからほっといても売れる、と座ってるのは傲慢。
ええもんを頑張って売らないかんわけだ。しんどいのだ。
商売する人はえらいのだ。涙が出るほど。
毎年この時期になると、簿記会計に長けた嫁に頭があがらん。おらー完全にガキの使いで、確定申告の書類を提出しに行くだけ。いつもありがとう。
大賑わいのママカリフォーラムを後にして、帰りは岡山駅東口側へ抜けてみた。下石井の地下道を通ったのって15年ぶりぐらいかな。奇麗になってて驚いた。ま、そりゃそうか。

写真は岡山オーパ。さすがに駅前は平日でもけっこうざわざわしてるんやな。表町界隈はここまで人がおらんような気がした。学生の頃から思ってるんやけど、地下街から表町まで地下道で接続できんもんかねえ。動く歩道つきで。路面電車の敵になってしまうからダメなんかな。
お気に入りのマグカップを割ってしもた。飛んできた破片で切れた。ちくしょう、どっちも痛いなあ……。

普通
不通
ふう……鬱
future...?
マキエンタープライズが Mac/Windows 用のワンセグ放送レシーバ PCTV-hiwasa mini を安売りしてたので、昨日の夕方ごろ発注したら、今朝9時前、もう届いた。受注確認メールも発送メールもなし。俺、メールアドレスの入力間違えたんかな。
国会中継を久々に見てみる。あいかわらず無秩序にヤジ飛びまくりなんやね。マイクロホンの意味ないわ。小学生の学級会のほうがまだマシなんじゃないか、と毒づきながら、最近の小学校って学級崩壊してるらしいんやった。
かつて当地の中国銀行に対して名称変更を迫った暴挙を忘れれんが、
数十年も蹂躙され続けるチベットとは比べ物にならんな……。
CHINA、ローマ字読みでチナか。血なまぐさい。
オリンピックの陸上競技に、わが岡山の天満屋から選手が出るそうな。
現地の空気は、たいそう汚れてるらしい。
嗚呼、もう、何故こうもいろいろかき乱す国か。
ちゃんとしようや。
考えが巡り過ぎて、頭が熱を帯びてくる。泣けてくる。
アーチスト中島美嘉という単語を見るたび、
スターにしきのあきらを思い出すのよ。
きょうネットで四国八十八ヶ所をめぐっているという、れんさいをよみました。
それは、まるで、こどもの日記みたいでした。
誤字もとても多いかったです。
編集の人がぜんぜん読まないで
校正もぜんぜんされていないんだろうなと、思いました。
でも、お仕事になっているのだから、とてもすごいなあと思いました。
人と同じものを持つのがイヤという心理は、
つまり、自信が無いからなんやな。
たとえばモデルと同じ服を着て並ぶのって、おらーイヤやし。
しかし、素の部分をしっかり持ってる人なら、
たとえば人と同じもんを着てようがどうしようが関係なかろう。強い。
今頃そんな単純なことに気づく俺は、やっぱり頭の生育が遅い。
数匹増えてても減ってても気づかんような気がする。
レールの上を疾走できる果報者、自由に流れれる果報者。
敷かれたレールなんて! と飛び降りたら激流にのまれる阿呆者。
すべては心の持ちようやったのね、と気づくのは海まで流されてからか。
それまで命がありゃええけどねハハハハハ……って笑い事やないのよ、ほんま。

レタッチしすぎで油絵みたいになってしもた。
学籍番号が 323 やった。
そしてそのころ好きやった車が、マツダのファミリア。
ああ、アスティナも好きやったな。
ワタシ きちがいミタイって、すごいなこりゃ〜!
しかし、規制だらけの今も、それはそれでキチガイじみてるんかもしれんし、
物差しは常に変化すると思っといたほうがいいんよな。
いやいや、時間だけじゃない。
空間、文化の物差しも国や民族によって違ってて当然なんやわ。
相互理解って、指摘し合うことなんかな、見んフリし合うことなんかな。
難しいわ。
自己主張を美徳とする国と謙譲を美徳とする国が接触したら、
後者は一方的に押し切られてしまうことにならんのかな。
矜持とはなんぞ?
ほんま、難しいわー……。
1988年の今日、上海で列車事故が起きた。後輩らが亡くなった。
2000年の今日、市役所へ婚姻届を出しに行った。
年月超特急じゃ。
密度が濃いんか薄いんか知らんが飛び去ってるのは確かで、
なにか残ってってるんかどうか全く不確か。
誰かと比べても、なんにも意味がない。
命あることだけに感謝せないかんな。
前向け前。
ひとはひと、自分は自分、俺は俺、
他人なんて関係ない関係ない関係ない関係ない……!
言い聞かせれば言い聞かせるほど、
その呪文でぐるぐる巻きにされる。
意識から消えてしまうのが最高の状態なんよね。
禅の世界かしら。
昔々、外国と言えば天竺・震旦、随やら唐やらの時代があって、
鎖国のころは、外国と言えばオランダかね。
ガイジン=アメリカ人! という風潮は、いつ頃からなんやろう。戦後?
その次に来るのは、どこの国なんやろ。
震旦と支那(China)は同じ語源のもんらしい。
歴史ある単語なんやんか。
やっぱり、中国という名は日本独自のものに戻ってほしいもんじゃ。
子供のころ読んで以来、いちばん心に刻まれてる童話といえば、どっちつかずのコウモリの話。ただし、詳しい内容は覚えてない。
検索してみると、コウモリが自らを鳥とするのは「羽があるから」で共通してるけど、ケモノの仲間ですよという部分は、「ネズミのような毛皮を持つから」とか「キバがあるから」とか、いろいろあるみたい。
どっちつかず。年間 300 日以上はこの話を意識して過ごしてるんじゃなかろうか。常に良くないほうへ作用する。どっちつかずの人間になったらいかんいかんいかん……と意識し過ぎて、結局どっちつかずの中途半端な位置へ立ってしまってるケースの多いこと多いこと。
ほんと、何にも身についてないんよねえ。ふらふらしっぱなし。
同じような感覚の人がおって嬉しくなった。
俺も積極的にアンチジブリってわけじゃない。
ただ興味ないだけで。
複数回観たことあるのは火垂るの墓だけかなー。
魔女の宅急便は1回だけ。
その他は、通して観たことがいっぺんもない。
名前ぐらいは知ってる。
野口健公式ブログに「チベット動乱〜北京五輪出場への条件〜」という
エントリーがあって話題になってる。
肝を据えてないと書けれんよな、こりゃ。
俺みたいな無名の輩が騒ぐのとは、与える影響力も、その反作用もレベルが違う。
どうか、良いほうへ。
真面目に記録してこなかった人たちのせいで、
真面目にやってた人々の年金記録は無いも同然で、
真面目に記録してこなかった世代の人たちは引退し、
いま正しく恩給をもらって、つつがなく暮らしてるんかな。
anything, everything without any effort or with every effort
just nobody's fault but mine
引っ込み思案選手権なんて大会があったら優勝する自信があるけど、
引っ込み思案なので、そんな大会、よう出ません。
お笑いタレントやバンドのボーカルなんかが「楽屋や私生活ではとても人見知りします。内気です。暗いです」なんて言うてるのを見るたび、「いやいや、そら人見知り傾向もあるっちゅうだけで、そんなん多かれ少なかれ誰でも持ってるだろし、本っ当〜に根っからの人見知りは、ステージで衆目を集めるなんて行為、一瞬たりとも耐えられませんから……」って心でつぶやく。
現場を知らん人たちが法を作るってのは、日本の自転車政策についての話をいろいろ読んでても同じことを思ったな。悲しいのう。
こんな品が出てるなんて、全く知らんかった。会社という場を離れたせいか、それとも、ただおっさんになってアンテナが鈍ってるだけか。前者のほうがええな〜。
今日のポータルZにあった「ぢゃんぼ餅」はジャンボじゃなかったというネタから、とても重く感じたマトメの部分を引用。
流通が発達したいまの時代、居ながらにして全国の名物がなんでも食べられる気でいたが、現地に行かなければ出会えない物も当然のようにある。インターネットも随分発達してるから、なんでもかんでも体験した気に、知った気になれるんよなー。実物に触れることは、まことに大切じゃ。便利は、ほんま危ない。
その危険な便利に浸かり過ぎてるのを今さらながら痛感し、ネットから完全に離れてしまいたいと思う気持ちが、最近どんどん強くなってきてる。
1996年頃にサイトを作ってから今日まで、ある事情で1ヶ月だけ更新を止めた以外は1日も欠かさず日記・ブログを書き続けてる。なんの義務でもないのに。アホやわ。病気よ。
つかれた
商業デザイナーは、つまり、似顔絵描きなんやな。
物事の特徴をさっと捉え、伝わりやすい形にデフォルメする。
それが自分にできてるかって?
いいえ。
いろいろ考えるからいかんのよな。
いっそアホウになりたいわ……って、
よく考えてみりゃ、こんな偉そうなセリフもないな。アホウのくせに。
いや、やから、いろいろ考えるからいかん……(さいしょにもどる)
子を育てて、大人になる。
昨日の夜シネマ・クレールのサイトを見て思い立ち、めずらしく早起きして「明日への遺言」を観に行ってきた。雨が降ってたので、徒歩で。
部下たちの全責任を負って、ひとり絞首刑になった岡田資陸軍中将という東海軍司令官の美談。当時の日本なら、これを美談ではなく当然とする風潮が残ってて欲しかったような気もするけど、敗戦で自己保身に走る軍関係者は数多かったらしい。
・空襲で殺傷された、数えきれんほどの一般市民、非戦闘員。
・撃墜された爆撃機からパラシュートで脱出した米兵たち。
・彼らの処刑を命じた岡田中将。
・命令に従って斬首を実行した部下たち。
ここだけ切り取って考えると、米兵の処刑は当然やんかと考えてしまう日本人の俺やが、パイロットも無線技士も爆弾投下ボタンを押した者も一緒くたに「無差別殺人犯」としてええのかどうか、実際は難しい。
それに、彼ら米兵もまた上官の命令に従って爆撃機に乗り組んだ立場であり、岡田中将が自らに課した筋を通せば、その罪は米軍の上官が負うべきものになるはず。
戦火の混乱の中、これら全てを冷静に判断して行くのは至難の業というか、じっさい無理やと思う。
岡田中将が「捕虜を殺すのは罪だが、無差別爆撃(殺人)の戦犯であるから処刑は間違っていなかった」として、無差別爆撃の是非を争点にしようとすると、検事は戦法そのもの、つまり米軍全体を裁く気かと反発する。
歩兵同士が斬りあい撃ち殺しあったところで何の罪に問われることもないのに、いったん交戦状態を離れてそれが起こると、殺人の問題が浮かび上がる。わけがわからん。
無差別爆撃はダメですなんて条約で決めときながら、どの国も公然と無視する。わけがわからん。東京裁判は、勝った国が負けた国を、後から作ったルールで裁いてった。めちゃくちゃよ。
なんでもありが戦争なのよ、戦争にルールを求めるほうが間違ってるのよ、と判ったフリをせないかんのか。
死刑判決後、中将の潔さに対して米軍側からも減刑の声があがったけど、マッカーサー元帥は却下したらしい。それが元帥個人の意思なんか、立場上しかたなかったんかは知らん。
動きだした組織は、個人ではどうにも制御できんもんなんか。悲劇でもなんでも、なにかしら結果に当たるまでは方向転換できんもんなんか。ああ、もう、本当にわけがわからん。
最後に、ウィキペディアから岡田中将の言葉を引用。
何も彼も悪いことは皆敗戦国が負うのか?
民族国家は大敗北を吃したのであります。ここ数十年大任を受けて国家指導を御手伝いしていた当局連中の大失敗である事は勿論肯定します。が大和民族が積極的に侵略に出たとか、戦争の原因は日本一国が背負うべし等と脱線して果ては日本と名のつくところ何物を残すべきものはない、一切御破算で思想まで全部輸入品に切り換えるかの如き戦後の脱線無気力ぶりにはつくづく情けなくなります。
岡田中将に手錠をかけたりする米兵たちの動作がパントマイムみたいに機械的で、軍隊という組織を象徴してるようにも見えた。
笑みがこぼれるというよりは、愛らしすぎて切なくなる。
去年8月にバンドを抜けて以後、まるでそれがなにかの合図やったかのように、いろいろ一気にすたすたすたーっと動いたね。ほんと、驚きますわ。
みんなみんな、ご多幸をお祈り申し上げます。
おめでとう!
依存?
わからん。
14世ダライ・ラマ法王と中国政府首脳との直接対話を求める声明文
行くところまで行き着く必要がある問題じゃ。無視できん。
なんで戦争がなくならんのかね。
せっかくテレビゲームが発達してるんやし、
そんなに勝ち負けつけたけりゃ、テレビゲームで決めりゃいいのに。
馬鹿げてる?
子供じみてるって?
きっと、戦争は、馬鹿げてなくて、大人のイベントなんやな。
今年から来年にかけては日本オランダ年が開催されてるらしい。
ブルーナはイタリアのやなせたかし。暴論か。やなせたかしのほうが9つぐらい年上みたいやけど、そんなんどうでもええぐらい爺さんやな、どっちも。まだまだ活躍してください。
オランダとは鎖国時代からのお付き合いやから仲良しと思いそうになるけど、かつて戦争した相手なんよね。まあ、それももう今は昔か。
シャドウボクシングの、
イメージトレーニングの、
まねごと。
昨日ハピータウンでもらってきた。ふふふ。使うんかって? ふふふ、もちろん、よう使いません……。カングーの中で小物入れにするかねえ。原題は Gaspard et Lisa なんやね、さっき初めて知った。

ヴィヤン・アヴェク・モワやったっけ、それともリエゾンしてヴィヤン・ザヴェク・モワかね。大学んとき習った仏語の記憶は消えかけてる。こういうのをリエゾンて言うんやったかアンシェヌマンて言うんやったかも忘れた。
鉄道の読み物から「余部鉄橋の"お立ち台"にさよならを告げる、の巻」という回。
まず引用1個目。
坂東の人間にとって、西に向かうのは気持ちが向上している時。逆に、北に向かうときは、心が落ち込んでいることが多いそう。というわけで、気分がみなぎっている今日この頃、西日本は兵庫の余部鉄橋第2回目をお届けする。向上は高揚の間違いかなというのはさておき、岡山県南部に住む俺から見ると、山陰も東北も雪が降る土地というだけで同じような印象を持ってたから、ちょっと意外で面白かった。
そういや、むかし福岡の雪に驚いたことがあったな。九州ってだけで勝手に南っぽく感じてるけど、福岡は日本海に面してるんよね。高知にも雪は降るのに、思い込みというのは強いもんで。
1つ前のエントリと同じ人の以前のコラムに「ゆめのちょうとっきゅう」という単語を見かけたけど、俺にとって新幹線といえば、いまだにそれなんよね。もちろん「ひかりごう」付き。
たまに岡山に来る母が新幹線を見るたび、つい「新幹線」と指さすのも、たぶんその感覚なんやろなと思う。父は会社員時代の出張で慣れてるからやろな、何も言わん。
こないだテレビで久しぶりに金山一彦を見たんやが、
声も喋り方も、びっくりするほど長原成樹とソックリやった。
ありゃーラジオ番組やったら入れ替わってもわからんで。
15年ほど前の就職活動で、ある広告代理店の最終社長面接まで残れて喜んでたけど、社長から直々に「君は真面目すぎるな。銀行員か公務員が向いている」と言われた。結果、やっぱり落ちた。
チクショウと思いながら決して堅い職業へ向かわず、最終的にはデザイン事務所が拾ってくれたんやが、そして今はそこさえ飛び出して無謀にもフリーランスなんかになってるんやが、あの社長の言は正しかったんかもなあと思い出すことが、今もよくある。
なんかね、俺が作ったものには、我ながら、面白さとか楽しさを感じられんのよね。色気がない。地味。若々しくない。堅い。それこそ「官報か」のような……。
Ancora(楽天)で出かけた帰りノドが乾いて自動販売機へ近寄ったら、スポルティフなんてのを見つけたので買うてみた。味はごく普通のスポーツ飲料。安曇野で作ってるらしい。
安曇野、懐かしいなー。信州方面は、大学時代テニスサークルの夏合宿で行って以来まったく縁がない。上高地、梓川の水は真夏でも痛かった。冷たかった。

Ancora もスポルティーフと呼ばれるジャンルの自転車なんやが、興味ない人から見れば、「ドロップハンドル!」という時点でロードレーサーもスポルティーフもランドナーもシクロクロスも全部いっしょかもなー、とは思う。という俺も区別できんし。
スポルティフと言えば、もひとつ、ルコック。サークルではテニスの上手な先輩がここのウェアを着てたのを思い出す。下手くそな俺は畏れ多くてよう着んかった。
クルマでも自転車でも、速く走ることに主眼が置かれた車種には目が向かん。
安全運転とかスローライフとかいう真面目な精神てわけじゃなくて、ただただ、競ったり争ったりすることを避けたいという臆病な気持ちから。
野生動植物の世界なら、まっさきに息絶えてるタイプなんやろなあ。人間さまさま。
与党も野党も評論家も、みんな賢そうな顔をして口々に尤もらしいことを言うので、アホウの俺には、いったい何が正しいんやら全然わからんなるのよな。
ガソリンからの税収が減ったら、道路は造れんようになるの?
高速道路を欲しがってるのは、俺みたいな田舎者だけなん?
予算は消化しきるべしなんて慣習、アホすぎんかえ?
天下りの利点て、何?
大人なら、そういうことを判ってて当たり前なん?
判ったフリできるのが大人なんやろか?
まあ、たちまちは日本の将来より自身の明日を案じたほうがええんよな……。
納税しに銀行へ行ったら、番号札は 77 やった。
中学受験の番号も 77 やった。いい数字やから覚えてる。
ランクルの型式も 77 やった。単純に好きな数字やわ。
世界のナベアツのせいで、
最近なにを数えてても、3が来るとつい「サ〜ン」の顔が思い浮かぶ。
楽しいけど、真面目な場面では困るでこれ。
どうでもええけど、
世界のナベツネで検索しても、けっこうヒットする。
まあ、しゃあないよね。似てるし。
こないだのポータルZのこのネタ、カーミットが飛んでる姿は可愛いんやけど、そのあと地面に叩き付けられてるところを想像すると可哀想でたまらん。考えすぎかねえ。
人間が、動物が、DNA の乗り物やとしたら、
DNA は、人間や動物を、どこに連れて行こうとしてるんやろう。
核戦争が起きて地球上の全生物が死滅して、
いや、死滅したかに見えて、その中で生き残る乗り物を、
DNA は選ぼうとしてるんかしら。
あ、いつもと違うカゴや。笑うわ〜〜〜。
どこにも属してない人間なんぞ、おらんな。
必ず「〜風」というスタイルを持つ。
それが自然体になってるかどうかは別として。
たった1つであっちとこっちを行き来できる。
どっちが本当なんてないんやろねえ。どっちも本当。
どっちが楽ってのはあるけど。
こないだ、DVD を数本借りてきた。
3日の晩は「女番長 野良猫ロック」を観た。
梶芽衣子も范文雀も可愛すぎ。
范文雀のほうが好みかな〜。リアルタイムで好きになりたかった。
和田アキ子ですら愛らしい。若さって超強力な武器なのね。
アンドレカンドレ時代の井上陽水を初めて見た。
二枚目時代(?)の鈴木ヒロミツも。
ああ、帰りたい、飛び込みたい時代やわ。切ない。
4日の晩は「めがね」を観た。
ひたすら、のたりのたりのたり。嬉しいほどに抑揚がない。
感情というものがはっきり描かれた場面て、マリンパレスの畑と、
編み物をほどいたときの2回だけじゃなかったっけ。
豆腐に醤油を1滴たらしただけのような映画じゃ。地味、滋味。
これはこれで飛び込みたい世界やなー。
目覚めた瞬間あの人が視界に飛び込んでくるのはどうかと思うが。
メジャーじゃないとダメってのと、
メジャーはダメってのは、一緒よねえ。向きが違うだけ。
できる人を見ては劣等感に苛まれ、
できない人を見ては、いずれ彼らに追い越されるだろうと怯え、
失敗をしては落ち込み、
成功したらしたで次は失敗するかも、と心から喜ぶことができん。
なんでこう自信がないんだろかね。
あ、努力が足りんだけか。
なんとなく「谷村新司」を検索してみた。

わろた。
興味の対象がバラバラで、
あっちを見ては気になりこっちを見ては気になり、
でもすぐ飽きたりして、でもすぐまた興味を持ち直したり、
ともかく集中力の続かんことが多い。
ナントカっていう病気の症状を思い出したりもするけど、
それを病気とか障害とかって言うてしまうと、
まるで「雨の日は天気が悪い」と言うてるようなもんやないかと。
晴れが fine で雨が bad やなんて、いったい誰が決めたんかしら。
自然さんという存在があったら「どれも俺じゃ」と憤慨しとるね。
常に集中しすぎてしまって困るから
集中力を散らしたいと悩んでる人も、きっとおるんやろな。
どれもこれも、しかしまあ、それが、その人自身じゃ。
あー、この文章もまた、
書いてるうちに考えがあちこちして、わけわからんなった……。
アイヌの人々は、必要なだけ採取し狩猟したそうな。
かつてそれを実践できる民族が存在したのに、
なぜ人類全体の流れは、そうならんかったんやろね。
余計に喉が乾くと知ってるのに、ついコーラを飲んでしまうパターン。
旅館を発とうと広い玄関まで行くと、靴がない。
探しても探してもない。
外のバスでは皆も添乗員も待ってる。
焦って探しまわるのに、ない。
皆が戻ってきて探すのを手伝ってくれるけど、やっぱりない。
ようやく片方だけ出てきたと思ったら、よく似た別の靴やった。
見つからん。どうしても見つからん。
皆を待たせて焦る気持ちでパニックに……
というところで目が覚めた。
そこはどこなんやろう
昨日の晩、借りてた DVD の「ゆれる」を観た。最初は嫁が観てる隣で読書しつつ横目で眺めてる程度やったけど、高所恐怖症も手伝ってか、吊り橋でのトラブル以降は目が離せんようになり、結局さいごまで観てしもた。
演技力って技術ねえ。なにを今さらか。
しかし偽証で無実で7年ブチこまれて、そのあと笑って戻れるような太い人間がおるんかしら。おったら尊敬するけど、そこまで「できた人間」になりたいかと問われると。
オセロの駒みたいなもんで
常人と狂人が
なんでもないことがらで
簡単にくるんくるん入れ替わってて
そのうち盤ごとぐるん、と
常人も狂人もないなるわ
残るのは幸
海へ
三段落ちかと思ったら四段目があった。

富田町、桃苑あたりで見かけた。異国で失くし物なんて、さぞかし不安やろう。
夕方、近所の神社へお参りしに住宅街を歩いた。少し向こうで道を横切るサバトラの猫が見えたので、なんとなく追っかけて同じように反対側へ渡った。サバトラはこっちに向かってくる。
俺に気づいた。進路変更しようと振り返ったサバトラの目前に、白猫がおった。会話でも始まるかと眺めた瞬間、白がサバトラに襲いかかった。サバトラが跳んで逃げた道路へ、ベンツが走ってくる。
静寂になった。
どすん! という音で聴力が戻った。
羽毛のような白いのが、低く舞い散った。
目を背ける暇もなく、すべて視野のなかにあった。そのままサバトラが走り去ったのを、不幸中の幸いと思いたい。タイヤに巻き込まれたりせず、車体の横っ腹に突進したものらしい。路面に血痕は見あたらんかった。
わずか十数秒前、俺がサバトラを追っかけて道路横断さえしてなければ。大声をあげたいような、震えるような、すこし乱れた呼吸になったまま神社へ向かった。
ちょっと前に知って気になってる「歩いても 歩いても」という映画が、シネマ・クレールで7月に上映される予定らしい。それまで覚えとけるかな。
平々凡々な我が家やと思ってるけど、そうでもないんかなーと感じることもある。いや、やっぱり平凡よねえと確認するように思い直すこともある。どっちでもええことなんやろうけど。
よそはよそ、うちはうち、って言葉を噛み締める場面が増えてきた。いや、ほんま、どうでもええことなんよ。知ったこっちゃないのよ、きっと。
昼、暇やったので某スタジオへ個人練習に。終わる頃には待合室に次の人らが入ってきてたんやけど、人見知りが激しいゆえ、挨拶もできずに立ち去って来た。こういうのって感じ悪いよなあと自己嫌悪になる。が、これのお世話になってみよか、とは思わんなあ……。
人見知りという単語を見ると、いまだに板尾創路の「海開き」を思い出す。
水谷豊が想像以上に小柄でびっくりした。
吉澤ひとみが大きいってのもあるんやろけど。
水谷豊といえばチャボかなあ。
もうちょっと上の世代には「傷天」なんかも。
山本夏彦という人の対談本で
「知識と学問がない人が旅をしても、得るものはない」
という斬れ味するどい発言に笑ってしもたことがある。
馬鹿の考え休むに似たり、みたいなもんか。
考えたってしゃあないのよねえ、ほんま。アホウやのに俺。
発言小町@読売新聞の面白いトピックを集めた発狂小町というサイトに、昭和50年頃の洋菓子の本の事教えてくださいというのがあった。
そこからたどったネット古書店「モダン・クラシック」には、楽しげな古本・古雑誌がずらっと並ぶ。
眠れんちや。
眠れんがちや。
おーの。
どうしよらあよ、と。
いきませんぜよ、と。
なんかもう、疲れたよ。
曇ってるから寒いかなと思って長袖を羽織って
自転車で町中まで往復して帰って来たら、汗だく。
もう夏になるんやのう。
あ、もう今年も半分か、おいおい。目が回る。何にも変わってないよ。
自業自得なんやけど。すべて。
動物の赤ちゃんがずらっと。
カフェZの今日の書き込みから雑誌「一個人」を見に行くと、下段右の写真が目に留まった。これはどうも安来の CAFÉ ROSSO っぽい……。
どうしても確認したくなって近所の書店へ立ち読みしにいったら、やっぱり当たり。1度しか行ってないけど、明るくて印象的な店内やったから記憶に残ってた。あれからもうすぐ1年かー。また行きたいのう山陰。
いつどこで知ったか忘れたけど、パソコンの中にメモが残ってた。
検索するに、良寛の作らしい。いい歌やなあ。
できる人はほっといてもできるし、
できん人はなんぼ頑張ってもできんし、
神様なんぞおらんちゅうことは3年前にイヤというほど味わわされたし、
よーするに、そのー、なるようにしかならんのよね。
周囲に理解を求めるのは自己弁護のためって気がするから、
そういうことに力を使いたくない。
わからん人にはわからん。いろんな人がおる。そんだけのことなんよ。
まあ、怠け者と思われても仕方ないかな。
昨日や去年や昔の自分の言動を思い出すと、
あまりの浅はかさに恥ずかしくなることが多い。
思い出すたびに反省・学習してりゃ、
今頃よっぽど「できた人」になってるはずなんやが。
すっかり違う場所へ移るしかない、
中途半端に似たような場所ではいかん、
ほかに選択肢は用意されてない、なんてことにゃ
ずっと前から気づいてるはずなんやが。
中途半端じゃだめなんよ、ほんま。
ええかげんにせな。
調子がよくないので、
ブログを移転させるかもしれません。
コメント書き込み機能も停止させてます。
草草。
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