皆勤ならずか
懐かしマーケット、今回はパスかなあ。
ここ数年かならず出向いてたけど、まあ、しゃあない。
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懐かしマーケット、今回はパスかなあ。
ここ数年かならず出向いてたけど、まあ、しゃあない。

戦後ずっとアメリカの言うことを聞き続けてきて、
今度はアジア諸国の言いなりになる体制に変わるだけ、なんかな。
で、その期間が終わったら、次はロシアあたりが待ち構えてるんかな。
ははははは……。
あー。どうなるんやろう。
反権力として、ことあるごとに政権党を叩いてきたマスコミ各社は、
今後は今後で新しい政権党を叩き続けるんだろか。
というか、そうじゃないとマスコミという立ち位置の筋が通ってない気がする。
鈍感なせいか単なる阿呆なのか、国民性や県民性というもんをあんまり信じてないんやけども、小学生のサッカーみたいに塊でドドドと流れやすいのは、これが日本人の国民性ってやつなんやろか。
あ、いまどきサッカーってメジャーやし、小学生でも上手にプレーしてるんかな。高知という土地柄のせいもあると思うけど、俺が小学生の頃のサッカーと言えば、キーパー以外の全員がボールに群がってた。
あっちからこっちへドドド、こっちからあっちへドドド、みんな塊で、極端に動く。
パンダやランクル70やカングー、クルマはとにかく見た目で選んで乗ってきた。性能のことはよくわからん。自転車もビアンキのミニベロなんてもんを好んで買うて乗ってる。
そういうデザインコンシャスなモノを欲しがるくせに、衣服や頭髪に興味がないのもあってか、自身を洒落者であると思ったことないし、もちろんそう言われたこともない。我ながら、冴えん野暮な男やと思う。
で、上質なインプットに囲まれてても、仕事での上質なアウトプットにつながるわけじゃないんよねえ、悲しいことに。いつも安っぽい、垢抜けん、三流のデザイン案しか出てこん。泣けてくる。
そんなレベルで「デザイナーで〜す」って知らん顔できるのも世渡りに必要な才能やとは思うんやけど、なかなか難しい。数え年で不惑やと言うのに、人生袋小路やわ。どこへ行こう。
言葉はコストを重視する、という説を聞いたことがある。
できるだけ言いやすい、短縮されたものに流されてくもんらしい。
で、「まぎゃく」ってそんなに発音しやすいとも思えんのに、
なんでこんなに浸透したんやろう?
正反対、と言うほうがはるかに楽じゃないかえ。長いんかな。
小説なんかでは、真逆は「まさか」の当て字でしか見たことがない。
なんでもかんでも「言葉は生き物ですから」と容認できるほど、
おらーまだ器が大きくない。言語学者でもないし。
と言うても、他人の使用を咎めるほどの若さもなくなった。
まあ、自分はそういう使い方をしないと意地を張ってる、ぐらいな感じ。
「普通にしときなさい」
「普通って何よ?」
「面倒くさい奴と思われないこと」
「あー、なんとなくわかる」